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カテゴリ:集団的自衛権
集団的自衛権という言葉をよく耳にする。
一見抽象的にも聴こえる言葉だが、これは要するに「日米安保でアメリカから守ってもらうだけではなく、アメリカが攻撃を受けたら日本もいっしょになって戦え」という意味だと置き換えて考えればいいのだろうか。 確かに守ってもらうつもりなら相手が困ったときには自分も血を流す覚悟が無いと、対等な国としての条約とは言えないだろう。そう言う意味では、野党連中のような反対のための反対には与する気にはなれない。 しかし、憂いはただ一つ。イラク戦争のような大義のない、やくざがいちゃもんをつけるのと同じレベルの戦争に集団的自衛権が適応されるのではないかということである。 いくら日本側が細かい条件で縛っていても、「奴らはアメリカを攻撃する気だ。こちらからしかけるから日本も手を貸せ」と言われて果たして断れるのだろうか? イラク戦争のときに小泉元首相は真っ先にアメリカ支持を表明した。イラク戦争反対デモを「利敵行為」と罵ったのは公明党の冬柴だった。 その後イラクが大量破壊兵器を持っていなかったことがハッキリしたにもかかわらず、日本のイラク戦争に対する態度は全く反省されていない。やはりこの状態で集団的自衛権を主張されても「ちょっと待てよ」となるのが当然だろう。 まあ、こんなことを書くと左翼と思われてしまうかもしれないが、どんな意見も右か左に色分けしようとする昨今のネット上の風潮は大嫌いだ。私の考えは、「日本が自分自身の道徳律を持って自主的に防衛を考えて欲しい」という点につきる。その観点から憲法第九条改正も有りだと思う。とこんなことを書くと右翼と言われるのか? お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2016.09.30 15:54:33
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