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カテゴリ:徒然なるままに・・・
やっと、ネットに繋がるようになりました。
というか、震災直後にはパソコンを立ち上げる余裕すらなく、 ただただ生きることだけを考えて生活していました。 11日2時過ぎ、被災者になった。 息子が午前授業で早く帰って来たので家で昼食をとって、 その後私はリビングで、息子は二階の部屋でちょっと のんびりしていました。 その時、突然、震度6強の地震が襲ってきました。 地震の前に緊急地震速報が携帯に入ったのですが、 見る間もなく揺れ始め、全く意味がなかったです。 揺れは2~3分あったでしょうか? とても長く感じました。 小学生の頃に宮城県沖地震を体験していたにもかかわらず とてもそんな規模じゃなかったです。 リビングのソファから立ち上がって、そのまま動くことも できず、二階の息子に向かってひたすら 「大丈夫だから、そこを動くな!落ち着いて!」 と叫んでいましたが、どんどん揺れがひどくなっていくと 思わず 「OH! MY GOD!!」 って叫んでました(^^;)マジです。 揺れている中、停電になり、テレビの地震情報も見られず 日本沈没するんじゃないかと本気で思いました。 揺れが収まって、息子を呼んで一旦リビングで落ち着こう としたのですが、余震がすごくて車に避難。 車にはカーナビでテレビが見られるし、携帯も充電出来る のでしばらく車の中にいてテレビを見ていましたが、 離れた中学に通っている娘からなかなか連絡が無く、 すれ違うのも嫌だったので連絡を待ちながら車で過ごして 4時過ぎに娘から電話が来たところで学校まで迎えに行き ました。 いつもなら30分で着くところ、2時間近くかかりました。 というのも信号はすべて停電で止まっていて、帰宅時間と 重なっていたのか渋滞がひどく、店やコンビニも混んでいて なかなか進まなかったです。 とりあえず学校近くのコンビニに入ってみたのですが、 めぼしいものは何も無く、お菓子類を買えるだけ買って それから学校へ行きました。 学校では迎えに来てもらえない生徒たちが残っていて、 まっ暗い体育館の中で待っていたようですが、寒いことから 食堂に移動になり、だるまストーブで暖をとりながら 待っていました。 担任の先生に挨拶して娘を引き取り帰宅したのですが、 帰宅にも2時間以上かかり、停電の中いろいろと生活用品を かき集め、懐中電灯や毛布、布団などをリビングに集めて 冷たいごはんと冷蔵庫の中にある総菜類を適当に食べて リビングで親子3人川の字で寝ました。 (夫は単身赴任中なので震災にあってませんが、職場に 泊まり込みだったようです) 朝から水は使えたものの、電気は使えなかったので、暖房は ダメ、ごはんも炊けない状態。 とりあえずカセットコンロを出してサト○のご飯を使って 雑炊を作って食べました。 食べ物や水は、いつか来るだろう宮城県沖地震のために 1週間は大丈夫なように用意してあったので米もミソも 醤油も大丈夫でしたので、カセットコンロで2日間調理 して食べました。 電気は一番早く回復するライフラインだろうと思っていた ので、最低でも3日我慢すればなんとかなるだろうと思って がんばってました。 本当に3日で電気が通り、すぐにお風呂を沸かして入浴。 洗濯も今のうちに、と、すぐやりました。 すると今度は「断水になるので今のうちに水を確保して ください」と広報車が回ってきました。 急いでお風呂やバケツなどに水を溜められるだけ溜めて トイレもあまり流さないようにしてなんとか節水を心がけ ていましたが、先ほど水は止まってしまいました。 明日から水のない生活が待っています。 市の情報だと水道の回復まで1ヶ月かかるとのこと。 明日から給水車まで水汲みにいかなければなりません。 水の買い置きもあるのですが、おそらく間に合わなく なるでしょう。 まもなく1週間経ちます。 食料もその後、どうなることやら・・・。 被災者になって初めて電気や水道がどんなに大事か よーくわかったような気がします。 こんな中でも、震災の翌日から仕事に復帰しました。 調剤薬局なので、お隣のクリニックさんが開ければ 薬局も開けなければなりません。 停電の中、先生がメモ書きした処方箋を見ながら 用意をし、10日分を限度に渡していました。 昨日から電気が通ったので通常診療になったのですが 普段の倍の患者さんで溢れて、ものすごいことになって います。 本当にお薬が必要な患者さんもいれば、それはちょっと 我慢出来るんじゃないの?っていう患者さんもいて、 微妙に思ってしまいますが、患者さんは患者さんです。 薬の在庫がある限り、お渡ししています。 震災は関係ないと思っている方に是非お伝えしたいのは 世の中、いつ、何が起こるかわかりません。 最低1週間は自分たち家族で暮らせる食事や水の備蓄を しておいたほうがいいです。 そして、常備薬も最低1週間は余裕を持たせておいて ください。特に血圧や糖尿など命にかかわるような薬 は絶対に切らさないように気をつけましょう。 いつ被災者になるかわかりません。 そして、被災者になった場合、悲観せず、周りと声を かけあって前向きに生きることです。 うちのあるところは岩盤の上にあったおかげで 周囲の家も我が家も全く被害がなく、水も出ていた のでわりと皆さん悲惨な感じもなく暮らせていました。 うちの場合、本棚から数冊本が落ちたくらいで、花瓶も 鉢植えもフォトスタンドも何も落ちずに済みました。 食器棚も大丈夫で、ちょっと片付けるだけで済んだので ラッキーでした。 でも電気がなく、電話も通じず、携帯も通じない、ネット も通じない、孤立した感じがとっても不安でした。 アンドロイド携帯もこんなときには役に立ちません。 災害伝言ダイヤルも全く役に立ちませんでした。 こんなときご近所さんがいるっていうのがありがたいです。 声を掛け合って、情報を交換して、なんとか過ごせました。 夜、ブラインドをあけたまま懐中電灯で過ごしていた のですが、ご近所さんの懐中電灯の灯りをみて、みんな 同じなんだなあって思うだけでなんかちょっと安心(?) 出来ました。 そうそう、星がこんなにキレイに見えたことなんて なかったです! 停電のおかげ(?)でとっても星がキレイで、星を見ながら 眠りました。 息子の公立高校の合格発表が22日以降と延びました。 本当なら今日だったんですが、どうやら採点はしてある みたいですが、そのあと地震がきたので合否までは 出していないようです。 息子が受験した高校は津波がきた近くなのでひょっと したら浸水しているか、または津波に飲み込まれたか している可能性があります。 その場合、合否はどうやって出すんでしょ? 結果発表もどうやって見に行けばいいんでしょ? 困ったもんです。 卒業式も無しになる可能性大です。 しょうがないですね。 さて、明日から雪と冷え込むようです。 灯油は残り少ないし、買えないと思うので、エアコンで 暖をとるつもりです。 水道復旧まであと1ヶ月。 がんばります。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
March 15, 2011 10:07:24 PM
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