カテゴリ:ビジネス習慣
謝る、謝らないでもめることは日本でも中国でも同じ。最近中国政府が日本に言っているのは「行動で示せ」と言うことですね。
これは中国のビジネスの現場に身を置くと、分かりやすい話になるかもしれません。 よく"中国人は謝らない"と言われますが、特にビジネスの現場では、そのことをひしひしと感じると思います。私が思うに、中国人が謝らないのは謝っても解決しないと思っているからです。人の気持ちという感情的な関係が強いお友達同士とちがって、ビジネスの現場では常に利害関係が生じます。こういう場合、多くの中国人はむしろ理性的な対応をしてしまいます。謝って解決する状況でなければ、説明(つまり言い訳)に走ることになります。例えば、納期に遅れたというシチュエーション。謝ってもその納期を守れたことにはなりません。ですから、その理由を説明しようとするのです。 一方、自分のミスを回復できるような場合もあります。例えば、お金を取りっぱぐれそうな状況になった場合、責任感の強い中国人なら何とか自分自身の力で回復しようと考えます。そして、極端な場合、知り合いからお金を借りてでも穴埋めするでしょう。謝ることは解決にはならないし、解決できれば謝る必要は無い、と言うことです。 じゃんすさんの日記でも紹介されていましたが、先日お会いしたエッセイストにして実業家でもあり、アメリカ在住で中国通の坂之上洋子さんも、これに似たエピソードを話されていて、とても共感してしまいました。 日本人は、まず謝ることを重視します。ビジネスの現場において、いまでも謝ることで解決するケースは意外と多いようです。同じ会社内で、ミスをした部下はまず上司に謝ります。極端な話、そのミスを挽回する方策について説明するより、素直に謝ったほうが評価されたりしてしまいます。最近、日本のニュースを見ていると、大企業のトップが報道陣の前で、頭を下げて謝罪するシーンがたいへん多いです。過ちを素直に認めることは日本人の誇るべき美学だと思いますが、その過ちを正すことをしないで済んでしまうとすれば、それは良いこととは思えません。 大事故を起こしてまだ社長でいるのか、と言う批判は間違っているような気もします。事故の原因を追究し、安全対策を整えてこそ経営陣の責任を果たしたことになるのではないか、と私は思います。談合が明らかになったから、謝罪して辞めちゃう、ってのは、いかがなものかとも思います。 "報告"も、"謝意"と同様に日中間で解決しがたい厄介なビジネス上のGAAPだと思います。 中国人は報告しない、と言われます。日本の会社が基本とする報告・連絡・相談(報連相)が苦手なのです。特に、日本人を上司に持つ中国人スタッフで、報告を心から理解している人は稀だと思います。 中国人にとって、上司への報告は常に何らかのフィードバックがあるものだという意識があります。ネガティブな報告であれば、アドバイスや協力、ポジティブな報告であれば、賞賛や評価....自分自身のプラスに跳ね返ってくるのであれば報告するのです。ですから、特に報告を必要としないのに報告しなければならない"定期的"な報告などは、最も意味をなさない業務と言えます。 日本企業の多くは、未だに"報告"を業務改善のための手段としてではなく、それ自体を目標にしてしまっています。あまり仕事の無い上司に限って、部下から報告が無いと苛立ちます。そして、報告したからと言って、次の展開について有益なアドバイスすら与えなかったりします。口頭報告ならまだ双方向のコミュニケーションが確保できますが、報告書などの書面や、最近は特にメールや社内LANによるフォーマットで一方的にレポートを送りつけるだけになったりしますから、報告する側は報告しっぱなしで、報告を受ける側はほったらかし、と言う事態すら発生しています。 中国の日本企業でも、日本人上司は中国人スタッフに報告を求める場合が多いのですが、アドバイスを必要とするような報告に接しても、具体的な解決策を与えられなかったり、賞賛に値する報告であっても、もちろん口頭でちょっとは褒めるでしょうが、待遇が改善するわけではなかったりしますから、中国人スタッフにとっては無意味な作業として捉えられてしまうことになります。 もちろん、日本のこうしたビジネス習慣を理解し体感し実践できる中国人スタッフも居ますが、案外本心では無駄な作業だと思っていたりするのでは無いでしょうか。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
[ビジネス習慣] カテゴリの最新記事
|
|