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-「コッキョウ」? e-book 執筆開始のご紹介を兼ねて- 「境界」という言葉を聞いて、どういったことを連想されるでしょうか? 私の頭に真っ先に浮かんだのは、「男と女の境界」。 昔、香港に旅行したとき、トイレの入り口の表示に、 「男界」「女界」と書いたステッカーが貼ってあって、 妙に納得したことを思い出しました。 最近ではボーダーライン付近の人(?)が脚光を浴びることが多いですよね。 おすぎとピーコ、ピーターこと池畑慎之介やカバちゃん等々、 感受性や研ぎ澄まされた優れた美的感覚をお持ちで、 才能に満ち溢れた方々が多いようです。 医学界で「境界」(ボーダーライン)というと、 「境界性人格障害」として捉えられるようです。 この精神症状は非常に多彩。 一見フツーで何の問題もないようなビミョーな人から、 はたまた、俗にアダルト・チルドレンと呼ばれるような 問題のある家庭(親の暴力、虐待、厳しすぎる教育など 不安や緊張の強い家族)で育った子供や、 頻繁にリストカット(手首を切る自殺未遂)を繰り返すケースや、 幻覚や妄想を伴う激しいものもあるようです。 社会の複雑化や高度化に伴い、 それに耐えきれないという現象には、 共感し同情するものもあります。 「境界」と聞いて、竹島問題や北方領土、尖閣列島の問題等、 「国境」と言う言葉を連想された方もおいでになるでしょう。 しかし、私の場合、「国境」と聞いて真っ先に頭に浮かぶのは、 川端康成の小説「雪国」です。 「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった...」 という書き出しのあの有名な小説です。 この小説の冒頭に出てくる、「国境」を、 「コッキョウ」と読むか、「クニザカイ」と読むかについては、 少し議論がありました。 (私は当初から平気で「コッキョウ」と読んでいましたが。) かのベストセラー、齋藤孝氏の著書、「声に出して読みたい日本語」では、 この小説を引用して、わざわざ「くにざかい」とルビが振ってあります。 なるほど、「国境の長いトンネル」、 すなわち舞台となった清水トンネルは、 昔の上野と越後のクニ境にあるのであって、 主権国家と主権国家との間のトンネルという意味ではありません。 だから、「コッキョウ」と読むのは変だ、 というのはひとつの説得力のある理屈でしょう。 話が様々な方向にブレてしまいましたが、 私が生業としている土地家屋調査士にとって「境界」とは、 国と国との国境(コッキョウ)ほどのスケールではありませんが、 国有地と民有地の境界確認協議は、仕事上頻繁に取り扱います。 民地同士の境界協議よりも 難解な問題を含んでいる場合が多いような気がします。 ところで、今、私は、「境界紛争解決のすすめ」という題で、 境界問題の数々の実体験事例を盛り込んで、e-bookの執筆を始めました。 その中においても、 様々なパターンの興味深い官民境界の問題を取り上げる予定です。 詳しいご紹介は執筆がもう少し進んだ時点でお知らせすることにしますが、 強くご希望いただいた方には限定して優先的に情報をお知らせし(ML等)、 優待価格でのご提供も考えていますので、 直接、福島法務事務所までお問い合せください。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2005年10月29日 21時58分48秒
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