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2004年09月10日
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「ディズニーランドに行ったことがない」

と言うと、まわりの女どもは、

「えー、ウソ、信じらんなーい」

と口々に騒ぎ立てるのが常なのだが、おいおい、ディズニーランドの何がおもしろいっていうんだ?

俺が聞いた限りでは、

「3時間並んだ」

だの、

「1日過ごして4つしかアトラクションに乗れなかった」

だの、

「お弁当持ち込めないし」

だの、

「人いっぱいいるし」

だの、やれやれ、勘弁してくれよ、夢と魔法の国だか何だか知らないが、俺はまっぴらごめんだね。そう思っていた。

それがこうしてマヌケ面さらしておめおめディズニーランドに足を運ぶ羽目になっちまったのは、このところ俺がすっかり入れあげて

いるエリのやつが、

「ディズニーランド、行きたい行きたい」

と、ことあるごとにせがむからだった。これまでは、いかに惚れた相手の言うことだろうと言下に一蹴したものだったが、

しかしエリときたら、

「4つしか乗れないなんて、ド素人のやることね。あたしにまかせれば、のべ15ヶ所は軽くクリアできるわ」

と言うのだ。だが並ぶものは並ぶのだろうと抗うと、

「並んでる間は、あたしがずっとキスしていてあげる」

などと甘く囁くものだから、俺も案外他愛のないものだ。うっかりその気にさせられちまった。

そうして、ハロウィンも近い10月のある晴れた日曜日の朝、エリとともに俺は生まれて初めて舞浜の駅に降り立ったのだった。



開園は8時半なのだが、「それに合わせていくようでは、バカを見る」というので、1時間前に到着。

なるほど、正面ゲート前はすでに黒山の人だかりだ。いや、たかっている、どころではない。

「早く開けろー!」

「ミッキー出せー!」

「ミッキー、ミッキー!」

そこにいるのはもはや、暴徒だ。ガシャンガシャンと鉄柵を揺さぶり、怒号をあげ、拳を突き上げ、足を踏みならし‥‥。

一方のゲート内では警備員たちが、投げつけられた生卵や野菜くずにまみれながら、無表情に六尺棒をかまえている。

「開けろってんのがわかんねえのかよっ」

「ぶっ殺すぞ、てめえ!」

「ミッキー! そこにいるのはわかってんだよお!」

「出てこい、ミッキー!」

「ぐえお」

「はぎゃ」

時間とともに人だかりはますますふくれあがり、さらにさらに怒声は高まって、一触即発、あわや暴動勃発か、というところで、

「チャッチャラーチャッチャラー」

軽快な音楽ととともに、ガガガガ‥‥、とゲートが開き始めた。と同時に、

「ドドドドド」

「ぐぎゃお」

「がはっ」

「ぎぃ」

歓声とも悲鳴ともつかぬ雄叫びをこだまさせ、土煙をあげつつ群衆が乱入したのだった。うへえ。これがディズニーランドって

やつかい。たまげたもんだぜ。と一瞬呆気にとられたが、いや、俺もおちおちしちゃいられないぜ。混乱に乗じて、目の前の中年男を

引き倒しつつゲートを越えると、そのまま一気に加速した。エリによると、この開園と同時のダッシュが、

「生死を分ける」

というのだ。アトラクションに並ぶにせよ、レストランを予約するにせよ、ここで先手を獲れるかどうかに、今日1日の命運が

かかっている。不覚にも後れをとろうものなら、3時間並ぼうが4つしか乗れなかろうが、負け犬に甘んじるしかないのだ。

日ごろから子どもたちに軽視されがちのお父さんや、彼女とつきあい始めたばかりの男の子など、もう必死である。

無惨にもここで醜態をさらせば、

「やっぱりパパってダメね」

「たか君って、案外、頼りにならないのね」

蔑みの視線で見下され、愛想を尽かされかねないのだ。まあもちろんそれは俺にもいえることであって、男のプライドをかけて歯を

食いしばってひた走るしかない。だが園内は広大だ。周囲では次々と落伍者が続出。転倒する者も5人や10人ではない。俺も走

っているうちにそんなひとりを踏みつけたような気がしたが、後を振り向く余裕など、あるものか。

「ぐへえ」

というカエルが轢き潰されたような声を背にしつつ、ワールドバザールを抜け噴水を回り込み橋を越え、ようやく目的地、ザ・ダイヤ

モンドホースシューにたどり着いた。食事中にグーフィーがショーをするという、このレストランの夜の予約を取る。それが俺に課さ

れた重大な使命だったのだ。たかが女ひとりを喜ばせるためだけに、こんなに必死になっちまうなんて、やれやれ、俺もまだまだ

ウブなもんだぜ。

すでに行列ができているのを目にしたときには一瞬青くなったが、そちらはどうやらランチの予約だったようだ。ディナーのいちばん

遅い時間はまだガラ空きで、ステージ間近の最前列のテーブルを首尾よく確保できた。ヘッ、どうだ。俺にかかればチョロいもんだ

ぜ。

鼻をふくらませながらエリと合流。エリはエリで、やはり女の操をかけて激走し、クリスタルパレス・レストランの朝食のために行列

に並んでいたのだ。ごはんを食べているとディズニーのキャラクタが寄ってくる、というレストランである。

まあディズニーキャラといっても、ミッキーのような華のあるキャラではなく、プーやらイーヨーやら、老け顔のオヤジくさいものばか

り。おいおい、そんなやつらに近寄ってこられたところで、朝飯が辛気くさくなるばかりだぜ。と思っていたのだが、後でエリの

やつ、にやにやしながら俺に向かって、

「けっこう嬉しそうな顔しちゃって。かわいいところ、あるのね」

などと言うのだ。おいおい、ハニー、まいったな。それは誤解というものだ。お前に調子を合わせてるだけなんだぜ。


【※文字数制限のため、続きは こちら でご覧ください。】




本読みHPさん
「本とは関係ないコラム」 より





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最終更新日  2004年09月10日 16時15分56秒
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