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不思議な夢を見た・・・そう思って俺は目を覚ました。昔話なんかを夢に見てしまうなんて・・・。しかも結構リアルな夢だった気がする・・・。
そんな感じで物思いに耽っていると、ばたばたと足音が近づいてきて、 「十夜様(とおや)~!起きてますか~?」 と大きな声をあげ、勢いよく障子を開けて、うちで雇っているメイドが入ってきた。由香里だ。 「十夜様、おはようございます!」 「ああ、おはよう、由香里。」 「十夜様、お目覚めになられましたか?もう朝御飯のしたくができていますので、急いで着替えてお召し上がりください。じゃないと遅刻してしまいますよ?」 遅刻?ああ、もうそんな時間なのか。変な夢を見たせいで時間間隔もおかしくなったらしい。 「わかった。急いで着替えるよ。」 由香里にそう言うと 「はい!」 とにっこり笑ってまたばたばたと走っていった。 俺の家はどうやら昔話に出てくる桃太郎の子孫なようで、昔から大名やら何やらに特別待遇され、そのこともあって俺のひいじいさん辺りの人が事業に成功し、今や『矤神(やがみ)グループ』という、なかなか有名な資産家となって俺も随分と裕福な生活を送らせてもらっている。今は矤神刀牙(とうが)という人が社長で、俺はその三男というわけだ。俺自身はそんなに普通の人と大差ない生活を送っているつもりなのだが、やはり周りからはそうは見えないらしい。何はともあれ俺も高校三年生。そろそろ自分の将来をどうするかぼちぼち決めないと・・・。あまり親父の会社を継ぐとか入るとかというのはやりたくない。継ぐのはまず間違いなく兄貴の十六夜か白夜がやってくれるだろう・・・。先程やってきたのは北条由香里(ほうじょうゆかり)といって、この家に二年位前から住み込みで働いているメイドである。今どきメイドなんて呼び方は古いかもしれないが、まああまり気にしないでおくことにはしている。たしか由香里は俺と同い年のはずで、両親を事故で亡くしたとか・・・。そのせいで結局高校を中退することになってしまったらしい。どこか抜けてはいるがやることはやっているし、メイドとしては合格だろう。毎朝彼女の甲高い声と騒がしい足音で目が覚める。そしてこの家にはもう一人メイドがいるのだが、俺がゆっくりし支度しているから、そろそろ・・・、 「十夜様、おはようございます。お着替えは終わりましたか?」 と言って沙百合(さゆり)が入ってきた。相変わらず落ち着いた感じだ。矤神沙百合は俺が中学二年のときから働いている。沙百合ももともとは矤神の遠い親戚なのだが、沙百合の分家では代々本家に仕えているらしく、沙百合が来る前は沙百合のお婆さんが働いていた。今年で確か二十三歳のはずだ。 「ああ、おはよう。今行くよ。」 沙百合はすらっとのびた長身に、綺麗な腰近くまであるロングヘアで顔も整っている。食事の買出しに行くと街の狼たちからもよく声をかけられる。そして俺はそれを見かける度に沙百合を助ける。あの容姿ではナンパされても仕様がないとも思うが・・・。それに対して、由香里も決して美人じゃないというわけではなく、むしろ一般的に見ればずっと良い方なのだが、年のわりにやや子供っぽい部分もある。身長は女子の平均より少し低いくらいで、肩までのセミロングに大きな丸い目で、容姿の子供っぽさがさらに日常の行動を子供っぽく思わせる。この前など、俺の着替え中に部屋に入ろうとして、上半身裸の俺と目が合い、慌てて部屋から出たところ、庭の池の鯉に餌をやっている沙百合を、部屋から出た勢いで池に突き落としてしまった。まだまだこのようなおかしな話はたくさんあるが、話し始めるときりがないのでこれ位にしておこう。 「そういえば、もうすぐ十夜様の卒業式ですね。」 一緒に食堂に向かう途中、ふと沙百合がこんなことを行った。 「うん、三日後だよ。なんか三年間あっという間だったなぁ。」 「私も本当にそう思います。ついこの間が入学式だったと思ったら、もうご卒業ですからね。」 「あ、その気持ちよくわかる。沙百合もそうだった?」 「ええ、私が高校通っていたときも三年間はあっという間でした。月日が流れるのは早いですね・・・。」 沙百合はそう言って、何かを思い返しているようだった。俺は実のところ、もう卒業を間近に控えている高校三年生なのだ。言われてみると、本当に忙しく、目まぐるしかった三年間だったことを思い出せる。 「十夜様はこの三年間いかがでした?充実なされました?」 「そう聞かれるとどうだろう・・・。それなりに充実していたとは思うなぁ。」 「そうですか、それはよかったです。良い卒業式になるといいですね。」 沙百合に招かれて食堂に行くと、もうすでに白夜は朝食を済ませたらしく、俺と親父の分を残して由香里が片付けをしているところだった。本当はこの二人の他にもメイドがいるのだが、親父、次男の白夜(びゃくや)、俺の三人以外にもこの屋敷には矤神の分家の人間、運転手などその他の使用人などが住んでいて、ほとんどのメイドはそちらの方の世話をしているのが常で、由香里と沙百合は俺たちの専属なのだ。兄貴はもともと二人いるのだが、長男の十六夜(いざよい)はもう二十九で結婚もしていて、仕事のため海外へ行ってしまった。どっちも親父の会社で働いている。 小百合が御飯を器に持っているのを待っている間に親父も食堂に来た。 「おはよう、親父。」 「ああ、おはよう。」 相変わらず素っ気無い感じだ。日頃から、体なまらぬようにと毎日木刀で素振りをして鍛えているだけあって、六十過ぎとは思えないような体つきをしていて、眼光も鋭い。伸びた長白髪に顎と口に生えた髭がさらに親父の威厳を強調させる。さすがに剣道七段は伊達じゃない。でもかく言う俺も剣道は自信があって、去年のインターハイではいいとこまでいかせてもらった。他にも親父には何かあったときのためにと空手なども習わされた。こんなにやって、もしもなんて時が来るのだろうか・・・と考えたこともしばしば。まあ今の世の中、物騒なことが決して少なくないのは確かだが。 「どうだ?最近は。」 珍しく親父の方から話し掛けてきた。 「ん?ああ、まぁまぁだよ。」 「そうか・・・、体の方は何ともないか?」 「大丈夫だよ、別にどこも悪くない、健康そのものだよ。」 「どこか変な感じになったとか、ないか?」 変な感じ?俺はその言葉がすごく引っかかった。何だ?変な感じって。 「どうしたんだよ、親父、急に・・・。」 「いや、なんでもない。なんともないなら、それでいい。」 妙だなとは思った。親父があそこまで深く突っ込んでくることなんか滅多にない。しかも体の調子くらいで。変だなぁと思いながら、沙百合が持ってきた御飯をやや急いでほおばり、さっさと片付けて食堂を出た。そして部屋に戻り、鞄を持って玄関へ向かった。 玄関のドアを開けた、すると冷たい空気が顔にかかったので、少しだけ身震いをしてしまった。雪が溶けたとはいえまだ春が来たとは言えないような寒さであった。ちょっと厚着をしてきた方が良かったかな?と思ったが、部屋にわざわざ戻るのも面倒臭かったので、そのまま行くことにした。 「いってきます、由香里、沙百合。」 「いってらっしゃいませ、十夜様!」 「お車などにお気をつけ下さいね。」 また今日も由香里と沙百合だけか・・・そう思いつつ、二人に見送られながら学校へ向かった。俺は小学校以来メイド以外に見送られたことがない。本来なら母親が見送るものだろうが、俺のお袋は昔交通事故で死んでいる。それからは家族の温かみというものは、他の人に比べあまり得ていない気がしている。家族での絆が薄いように思えるのは、金持ちが所以なのか・・・。そう思って後ろを振り返った。確かに家だけ見ても大金持ちというのはよくわかる。純和風に造られたでかい屋敷、広すぎる庭、おまけに蔵や道場と、一般人ではまず住むことのない家なのは確かだ。あの家を敷地ごと売ったら一体いくらになるのだろうと友人たちとの話題で出たこともある。 最近、自分は何のために生まれてきたのだろうと、考えることがある。兄貴たちは決められた道を辿る様に同じ中学、高校に入り、そして今は同じように親父の会社で働いている。親父と叔父さんも、きっと俺のじいさんやその兄弟も・・・。俺はそんな風になりたくない。その上、俺の周りの人間のほとんどは俺を俺と見てくれずに、ただ矤神家の人間としか見てくれない。俺は俺だ、矤神家の人間である前に、矤神十夜というひとりの人間なんだ。自分でも周りにそう示したかったし、自分自身納得できるようなことをしたかった。でもそう思っていながら、結局はこの家に住みついたままだ。とりあえず大学までは行かせてもらうことになっている。俺なりの没個性に対しての、必死の抵抗ではあるが、その先のことはまだ考えていない。俺は何のために存在しているのだろう・・・。 そんなことを考えながら学校への下り坂を降りていると、 「十夜~!」 と後方から声が近づいてきて、その声の主は俺の隣まで駆け寄ってきた。 「よう、ありさ、おはよう。」 「十夜、おはよう。どうしたの?またいつものことで悩んでいたの?」 彼女、姫月(ひめづき)ありさは十年くらいの付き合いで、また、姫月重工のお嬢様でもあり、親同士も古くからの付き合いである。 「あまり悩みすぎると、良いことないわよ?」 「ああ、わかってる。でもやっぱり、悩まずにはいられないって感じかな・・・。」 「いいから!気にしないの。ケ・セラセラよ、わかった?」 『ケ・セラセラ』とは、『なるようになる』というスペイン語らしく、彼女のお気に入りの言葉だ。ありさは昔父親の仕事の関係でスペインに住んでいた頃があり、そのおかげでスペイン語はかなりのものだ。また母親はアメリカ人で、確か舞台女優だったらしくとても綺麗な人で、ありさもその血をしっかり受け継いでいる。去年の学園祭では、ありさはミス桃姫に選ばれた。 俺の通っている高校は桃太郎の伝説から桃鬼(とうき)学園と呼ばれている。しかしこの地方には特に色濃く桃太郎が染み付いているが、あの話はどこまでが本当なのやら。そもそも鬼がいたという事実さえ疑わしいのに・・・。 「ありさは卒業したら医大に行くんだっけ?」 「ええ、会社は兄さんが継いでくれるでしょうから。私はやっぱり医者になりたいなって昔から思っていたから。」 「ありさはちゃんとした夢があっていいな。俺は一体何になるのやら・・・。」 「大学行くんでしょ?それからいろいろ探してみてもまだ遅くないわよ。」 「ああ、なんとか頑張ってみるよ。」 ありさは俺の良き理解者の一人で、今までも相談したりされたりということがあり、お互いのことはほとんどわかっている。まぁ俺の親友というやつだ。そして俺にはもう一人・・・。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2004年05月31日 21時15分56秒
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