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カテゴリ:小心者のつぶやき
後に、この年は
どのような表現で記されることになるんだろうか。 午前中の経理関係の打ち合わせのあと、 午後に予定している4名3カ所での会見のために 昼前に事務所を出た。 その移動の間に訃報。 大変大きな変動の予兆なのかどうか。 ともあれ、彼の国では、 またひとつの時代が終焉を迎えたことになる。 北アフリカで次々に起こった 圧政時代の終焉への激動とは違い、 既に後継者も指名され、引き継ぎ途上だった。 もしかすると、何も変わらないのかもしれないし、 大きく変わっていくのかもしれない。 今、何が起きているのか、 今後、何が起ころうとしているのか、 予測がつかない。 先週の重要会見のときにも念じたように、 今日も、何事も起こりませんようにと念じつつ、 会見の場所へ向かった。 というのも、3.11でも、同じようなことを予定していて、 震災に阻まれたからだ。 図らずも、国際的に大きな出来事が報じられた。 もちろん、それは私たちの計画を阻みはしなかったし、 無事に目的は達せられた。 ただ、何となく不安なだけだ。 3.11のときにはまさに現場にいたのだけれど、 このたびは現場にいた訳ではない。 緊迫度は現場のほうが何十倍も上回っていた。 曲がり角に近づいた時、曲がり角故に先が見えない。 だから不安に陥るのだ、と、諭してくれた人がいたっけ。 今、多くの人々が大きな曲がり角の手前に立っている。 言えることは、さまざまな意味で、 次々と曲がり角が現れ、方向転換を余儀なくされ続けている、 だからこそ、不安が消えること無く続いている状態だということかな? わき起こる不安をもたらす原因や質は それぞれに全く違うものだとは思うけれど。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2011.12.20 00:15:40
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