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カテゴリ:つながるいのち。
年々寒さに堪え難くなり、
今回の里帰りでは、わんこの散歩ルートから 埋め立て地方面を外すことにした。 今日は緩やかな傾斜からさらに斜度がきつくなる 阪急芦屋川界隈まで足を延ばす。 娘は京都と大阪在住の友人と会いに京都へ。 母は必要最低限の外出以外はしないと決めているので、 私たちが到着以来、一度も外出していないから、 今日も恐らく一日家で過ごすはず。 既に朝からTVで駅伝観戦中。 穏やかなお天気ではあるものの、 六甲の頂当たりには雪雲がかかっているようだ。 ひさしぶりに北野辺りを散策したいと言ったら、 夫はともかく車で行こうと言う。 あの辺り、駐車場を探すだけでも大変だよ。 ところが、行ってみて驚いた。 コインパーキングがそこかしこにできている。 料金も東京の三分の二。 震災以来、そこかしこにできた空き地が その土地のニーズに合わせた形でようやく整備された格好か。 しかし、ゆっくりと歩いてみれば、 震災で崩れた異人館や民家がそのままだったりで、 まだまだ爪痕は残っていると判る。 震災後17年にして、こういう状況なんだからね。 ようやく私が言い続けて来たことが夫にも深く理解されたようだ。 原発云々を持ち出さずとも、 彼の地の復興は20年、30年以上のスパンで考える必要がある。 というか、常にすべては変化し続けている。 震災や津波は変化を激化させるきっかけに過ぎないのだろう。 津波で壊滅的な打撃を受けたかの地では、 その10日後には、もう次の手を打とうと立ち上がった人々がいたという。 多分、それはとても自然なことなのだ。 その一方で癒し難い悲しみもまた、存在し続ける。 普段はこころのどこかで静かに収まっていても 何かの折に、蘇る想いがある。 1日の夕方の便で福島に戻る妹を送るため、 車で西国街道を通った。 父を見舞うために何度も通った風景を眺めながら あまりに悲しくなって、帰りは別の道を通ることにした。 こうしたことを繰り返しながら、生きていく。 悲しみだけ、痛みだけではないから、 生きていけるのだろう。 修復されない場所は、常にある。 素早く修復される場所には、理由がある。 もちろん修復されない理由も必ずある。 普段はそこに思いを致さないだけで、 誰もがそういうことをちゃんと了解しているのだと思う。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2012.01.04 10:42:55
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