八ツ場ダム関係のニュースをTVでやることが多くなって、見ていると「中止」に反対表明をしているひと達の家に、手紙やメールの「中止反対はやめろ」という抗議がたくさん来ているというのがあった。
ああ、やっぱりそうなるんだ!と怒りを覚えた。公的な役所にならまだいいけれども、個人攻撃は卑劣だ。それがたくさんのメール(匿名だろうから)となるとなおショックだったと思う。とても傷ついただろうと思うと胸が痛む。
ブログでも一つの意見に絡むようなコメントがしつこく続いているのを見かけるとブログの本人もさることながら、見かけるわたしも暗澹とする。いい気持ちがしないのである。
電子の匿名は恐いほど残酷な面がある。ブログで意見や思いを言うのはそこにとどまっていれば差し障りは少ない。たとえ関係者が見ても遠いところ、広いネットというクッションがつく。
けれども攻撃的なメールを個人に送るのはつつしむべきだ。もし自分にそういうものが送られてきたらどんな気持ちがするか?どうするのか!
と考えてきて、わたしのブログは知人の枷(見られているという)があるほうが、つつしみを保つことが出来るのだと思えてきた。それほどこの電子の魔力は怖くて魅力的だ。