宮尾登美子『朱夏』
『櫂』『春燈』に続く綾子ものである
17歳で結婚、開拓団と共に教育者の夫と赴任した満州
渡ってすぐに敗戦を迎えたヒロインは
「無条件降伏」の日本はとうに無くなっていると思わされ
ユダヤ人のように流浪の民になって
帰るところも無い、満州にも留まれない
どこにも行き場がない上に
着の身着のまま
赤ん坊をかかえ
食料も水も足りなく
寒さ厳しい、荒涼たる土地
中国の国民軍と八路軍の争いに巻き込まれ
命の保証はない過酷な難民生活
日本人も難民を経験したのだ
すさまじきこと半端ではないが
苦労の末、幸運にも生き残って帰国
作者の経験を昇華させた
その1年5ヶ月を物語る
小説は作者の精神の履歴をも表す
勝気でわがまま、世間知らずのお嬢さんが
自立してゆく過程が作者の小説神髄だと思う
読み手としてはそのわがままぶりが
『櫂』『春燈』までは反発を覚え、わたしはいやだった
あいかわらず
この作もそこが嫌味に思うのだが
(著者はわざとそうしてるのかも?)
『朱夏』に至って
戦争時代状況のむごさによって矯められていく描写
その筆力に圧倒された
ひるがえってわたしは
ドキュメンタリーで知る満州開拓団の苦労、悲劇よりも
強く強く印象付けられる
今も世界のそちこちでこの苦しみは絶えまなくある