明治時代、小作人である勘次は貧窮の状態の中、生きていた
貧乏ゆえに貪欲であり、狡猾になり、利己的で品性がない生き方をしてしまう
というのが主題の小説
作者はその農民生活を凄絶なリアリズムの筆致で描き
四季折々、自然の描写が俳画的巧みで、普遍的名作というのは再確認したが
そんなことより
わたしが一昔前に感想をいうなら
豪農があって、小作制度というものがあって
きっと「その社会の仕組みが悪い」との感想になったのかもしれない
そんなのは短慮であると今では思う
実際、父の実家は庄屋だったので
戦後の農地改革で田畑をすっかり失い見る影もなくなり
父の兄は夜間高校のしがない教師で何とか生きたのであったが
その村の田畑は郊外住宅地となり町になってしまった
土地の売り買いで農家がなくなってしまたのはどうよ
『土』に描かれている人間のどうしょうもない愚かさは
貧しいとか、豊かであるとかは関係ないのではないとしみじみ思わされた
ひとより少しでも早くいい情報を入手したがり、それを隠す
(それを知らないのは自己責任であると言う)
自分が少しでも得をするように画策するし、騙す
(競争社会だもの当然であると言う)
自分より少しでもいい状態のひとを羨む、嫉む
(そのいい状態は何か悪いことをしてなったのであると言う)
ひとのしあわせは嬉しくない
(ひとの不幸は蜜の味であると言う)
当時夏目漱石さんはこの小説を絶賛して
ご自分の娘や息子たちが年頃になって
観劇だの音楽会だのに行きたがりだしたら
そうしてそれに行くために着ていく着物だ洋服だ
バックや靴などおしゃれなものを欲しがり
はては美味しいものや贅沢な物に目を奪われだしたら
この本を読ませたいとおっしゃった
そう、昔はそれでよかった
今は現実がそのるつぼであるからしてその必要はない
利己的な生き方をしないと生きられない世の中
勘次を憐れんだり笑ったりしてはいられないんだわ