有吉佐和子氏の初期の作品
『紀ノ川』『香華』は、女性物との印象で、
若かったわたしはそのような作品と思われるものは、同時代的には読み継がなかったのです。
でも、近ごろ読みだした未読作品群の中の
『鬼怒川』は、女の一代記といえばいえるのだが、
それだけではない作家のメッセージが、物語の中ににじみ出ているのに気が付かされた。
時は明治時代、絹の里・結城の機織りは女性の仕事、優秀な腕持つ女性が有利な結婚ができる。
家が貧しい16歳のチヨはその美貌と機織りの腕で、ワンランク上の家に嫁いだ。
夫は日露戦争の生き残り勇士。
けれども、その戦争体験は彼を精神的に痛めつけて無気力にしてしまっていた。
働こうとしない夫は土地に伝わるの夢を見はじめて、家を顧みない。
チヨの苦労。
そして時代は移って、太平洋戦争から復員した息子、学生運動で警察に逮捕された男の孫も、
絹の里に戻ってくると、同じように無気力になり、同じように黄金埋蔵伝説に取りつかれる
という幸せではないチヨの生き行く道。
というと、やっぱり同じかあ、となるのだが、
戦争の不条理を言いながら、男脳女脳のどうしようもない違いや、
かえって、その違いのおもしろさを描いているのではないかと思う。
わたしは男女の区別が苛立たしいと思って幾星霜。
しかし、違いこそ人間の生きるエネルギーになっているのだ。