カテゴリ:読書2024
わたにとっては「自分史」を紐解くような物語。
つまり、同じ時代を過ごしてきたということ。 自分、子供たち、そして孫たちの学校教育のあり方、たどった道。 物語はまだ世の中、学習塾が一般的でなかった時代から、高度経済成長期とともに、野火のように広がっっていった学習塾の変遷を、経営する側からの、学習塾を経営する家族を絡めて描いている。 おもしろいことに、物語舞台の「習志野市、津田沼」も住んだことがあるので、親しみが湧く そのころ、田んぼや麦畑がそこら中にあった土地。 教育熱心な、典型的な東京圏の土地柄だったのだろうか。 思い出す、中学校の期末テストは、成績の順位がずらずらっと廊下に張り出されてすごく嫌だったわ。 しかし、わたしはこの物語が始まる昭和36年より前、31年には中二で東京に引っ越してしまった。 中二の三学期、学年最後の期末テストを受けてすぐ、残りの授業に出ず引っ越したので、やれやれとおもっていたら、親友(優等生だった)が手紙で成績を知らせてくれたのだけど、余計なことをする!って怒ったものだ。 まあ、東京へ来たら来たで「この成績では都立高校には入れません」と編入学の新しい担任に言われ、母親が真っ青、中三の一年間を苦労したのだけどもね。 ちなみに、夫も千葉の田舎(東京圏とは言われないほどの)から中三で越してきて、やはり「都立高校には入れない」といわれ、こりらも母親がびっくり、担任が中一、中二の教科書を貸してくれ、猛勉強の末もぐりこんだとか。 さて、そのころ(昭和31年)に東京では学習塾が盛んであったのだろうか? と、自分の歴史をふりかえってしまったので(笑) お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2024年05月15日 08時31分14秒
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