夢巡[3]
第二章ピンク色に色づいた桜が舞い散る幻想的な四月。僕は君に出会った。薄い茶の髪のその子は遠くで眺めていても美しかった。Aという少年もその人にあこがれている様子だった。しかし、Aはその人のいつも持ち歩いていた弁当にあこがれていたのだ。だが、僕のあこがれるものは違った。僕はその子でもその子の弁当でもなく、その子に踏み潰されたおかずにあこがれたのだ。その、雑草のようにふまれても生き抜こうとする姿に僕はあこがれたのだ。僕は来る日も来る日もおかずを眺めていた。ある日、一瞬の間、視界からおかずが消えた。目の前に広がるのはその子の白い肌とかわいらしい目をした顔だ。その時、僕は始めて彼女に目がいった。そして、彼女は横を向く。彼女につられるようにして僕も横を見ると、そこには、ぐちゃぐちゃになったAがいた。そしていろいろあって二人は結ばれ、生まれたのが少年なのだ。少年はそんなことを考えながら、夢を実現すべく歩いていた。少年の名はAといった。この名は、父の親友から取ったらしい。父が言うには、そのAという男性は昔、ぐちゃぐちゃになって死んでしまったそうだ。それはAの性だったのだ、とも父は言っていた。いつも苗字で呼ばれていた少年は自分の名に一度も疑問を持ったことは無かった。しかし、3ヶ月前のあの事件から、自分はなぜAと名づけられてしまったのか疑問を持ってしまったのだ。少年は強く父に問いただした。「とっつぁん、なぜにおいらはAっていう名前なんだべか?」「お前にだけは、Aのようになってほしくなかったからだべさ!」「それじゃ、理由にならんべさ!」 そんな問答が会ったことも少年は思い出してしまった。しかし、少年に必要な過去は母の死と、自分の使命だけなのだということも思い出した。少年はどのようなルートをたどって夢を実現すべきか考えていた。 少年はこの夢が母が遺したものではないかもしれないということも知っていた。それでも少年がこの夢を信じ続けたのも運命でき名何かを感じたからかもしれない。 少年は、この自分の信じ続けるものの先に答えがあると信じて旅立ったのだ。夢ではジェル大陸を目指していたが、オヤジと共に乗った船は沈み、マンナカ島に流された。これは母が『ジェル大陸に行ってはならない』と逆説的に思った少年は、反対側の『ゲルニ大陸』を目指すことにした。そして少年は死んだ母の顔と自分をAと名づけた父の顔を胸に刻んで『デルタ島』を後にした。朝、まぶしい日の出とともに、少年はかばんを背負って家を出た。急な下り坂を降りると、見慣れた港がある。早朝の漁が大量だったのか、今日はいつもよりにぎわっている気がする。少年は『ゲルニ大陸』まで船を出してくれないかと頼むため、一人の漁師に話しかけた。「すいません、ちょっと頼まれ事をしてもらえますか?」「いいだろう、言ってみなさい。それが変化と冒険に富んだものであるよう願おう。」 振り向いたその漁師はあの夢に出てきた中年オヤジそっくりだった。 ある日少年は扇風機の前に立っていた。扇風機の風によってフランス料理フルコースがはるか彼方へ飛ばされたことに怒りを覚えていた。そして、勢いで扇風機の持ち主を殺してしまった。 数日後、少年は検察官に追われていた。 逃げる途中で腹が減った少年はナイフとフォークでイリオモテヤマネコを食べた。そしてまた数日後、少年は動物愛護団体に追われていた。 少年は全国手配されていた。(やばい・・・ここに居場所は無い。海外に逃げるほかないのか) その数時間後、少年は海外へ飛び立った。 というのが少年の過去のひとつ。今は中年オヤジとともに船に乗り、次の大陸を目指している。今のところの目的地は『フォー民主主義人民共和国』。そこではXXXX年に独立戦争が起こり、その五年後に独立国家となった出来立ての国だ。 少年らがついた頃には日は西に傾きかけていた。「ついたな。もう時間だから宿を探さねば。」 中年オヤジはせかせかと歩きながら言う。しかし、周りには怪しい民家しかない。「宿はなさそうだな。誰もいなさそうだから、民家の一つや二つ占領しても問題は無いだろう。」 中年オヤジが微笑みながら話す顔と手に持つ銃にギャップがあって少年は笑ってしまった。 その間にも『影』は少年たちに迫っていた。少年の背後に立った『影』は「少年らよ、大志を抱け。」 と言ってパチンと指を鳴らした。 その瞬間、少年と中年オヤジは時を越え、空間を越えた。 少年たちは港町にいた。前を見ると『ゲルニ大陸』と看板に書いてある。しかし、看板に書かれた文字はすぐにかたちを変え、最後には『フォー民主主義人民共和国』と書かれていた。 少年が看板に気をとられているうちに、世界自体が姿を変えていた。ゲルニ大陸、ジェル大陸、少年の故郷、そして、マンナカ島。その全ては漆黒の世界となり、静寂が支配していた。(どうしてしまったんだ・・・?) 少年はパニックに陥りそうになるのをぐっとこらえる。 少年が冷静になり、あたりを見回す余裕が出た時、自分の胸の辺りで何かが光っているのに気づいた。手にとって見ると『汝の欲することを成せ』と書かれている。(母を、母を生き返らせて!) 少年はとっさに思った。(何を代価として払う?) 少年の心に問いかけてくる声があった。(なんでも) 少年は覚悟した。(よかろう)少年はその声を聞いたのと同時に倒れた。そして立ち上がることも無かった。隣では中年親父が倒れていた。 時は流れ、全ては無に帰った。無に帰ったこと、胸が光っていたこと、それらは全て必然であったことを少年は知らない。少年の運命は星が生まれたときから刻まれる星の記憶―。そう、星がある限り少年の運命は、心は、思いは―在り続ける。 少年は気づいた。あの声は心の中で死んでいた母を生き返らせた。母は生きている。少年の心の中で・・・。「いってきます。母さん。」 翌朝、少年は元気よく学校に向かっていった。[了]