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カテゴリ:読書日記
今朝、雨が降ったせいかな。
今年のキンモクセイが、ふたたび薫っている。 いい香りだ。だいすき。 駅までの道に、わたしがひそかに「金木犀通り」と呼んでいる路地があって、そこを通り過ぎるとき、いつも甘くてさわやかなオレンジの花の香りが自転車ごとわたしをつつむ。 傘をさしていたので、駅から家まで、自転車を置いて歩いて帰ったのだけど、金木犀通りを過ぎるのにかかる時間がいつもより長くて、ちょっと得したきぶん。 夕飯は、鶏むね肉とキャベツとじゃがいもを、ミルクでことこと煮てみました。 教育テレビでファンになった「エダモン」こと枝元なほみさんのレシピです。 キッチンからリビングに広がる(…という表現でイメージするほど広いおうちではございません。念のため)ミルクのやさしいにおい。 気を抜くとすぐに吹きこぼれるので、気をつけながら。 煮込みながら読んだ本。 池澤夏樹「スティル・ライフ」。87年の芥川賞受賞作です。 大好きな須賀敦子さんが「本に読まれて」という本についての随筆集の中で紹介していらっしゃったので、図書館から連れてきたのです。 読書好きな両親が池澤夏樹に夢中だったころ、わたしはまだ小学生になったばかりでした。 とは言え、本と恋については誰よりもおませだったわたし。 すまし顔で池澤さんの短編集などを読んでいましたが、さっぱりわからない(当たり前)。 けれど子どもながらに、「なんかどきどきするー」とは思っていました。 そして20年近くを経たいま、あらためて読み返してみても、「どきどきするー」の感じはあながち外れてもいないのでした。 ミルクの匂いにつつまれて、池澤夏樹さんの静謐な言葉を胸にしみ込ませながら、わたしが思い出したのは、こんなことでした。 水を満たした透明なプラスチックドームの底に、小さな家や木、犬が埋め込まれた置きもの。 一度さかさにして、また元に戻すと、その中を、白い発泡スチロールの雪がゆっくり降りていく。 たしか、父が水族館でわたしと妹に買ってくれたのだったと思う。 いつまで眺めていても飽きなかった。透明な入れものに、閉じ込められた冬。その絶対的な静寂。完結した世界。 雪が降るのではない。われわれが、地表ごと雪の中を昇っているのだ、という、時代を超えて鮮烈な、池澤さんの描写のせいかもしれないな。 「スティル・ライフ」に収められている2本目の短編、「ヤー・チャイカ」の恐龍(「竜」ではなく)とイメージがだぶって、一頭きりの巨大な草食獣の上に、ゆっくりと降り積もる雪の夢もみた。滅びの予感。終わりゆくものの美しさ。 池澤さんの小説全体を貫く、きびしいほどの静けさは、彼が幼少期を過ごした北海道に未だ残る、自然の持つ静謐ではないかと思います。 人間の営みを圧倒する自然の中で育った彼が、東京に引っ越してから物理を志したことは何らふしぎではないし、その理系の視座から、硬質な美しさを持つ文学を生み出したことも自然な流れだ。 一億総物書き。みたいになったこの混沌の時代には、何か、ブンガクではない専門を持つ人の手にかかる文学が、きわだって輝く。 ミルクの料理は、池澤さんの魔法が効いたか、とても上手にできました。 月曜日にぴったりの、身体と心にやさしい食べもの。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2006.10.04 14:19:47
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