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カテゴリ:読書日記
ロジェ・グルニエ「チェーホフの感じ」を読む。
ロジェ・グルニエはフランスの作家、ジャーナリスト。 現代を代表する(と言っていいとおもう)、短編小説の名手。 犬をめぐる随筆集「ユリシーズの涙」(江國香織の「雨はコーラがのめない」で、5度も読み返したと紹介されていた)を読んで、彼の切れ味のよい、それでいて血のかよった文体に、すっかり夢中になってしまった。 彼の文章には、雨の午後がよく似合う。 あたたかいココアなど入れて、たまたま開いたページからゆっくり読み始めれば、いつの間にか、ふしぎに心が安らいでいる。 「チェーホフの感じ」は、R.グルニエが、ロシアの偉大な劇作家にして短編小説家、チェーホフをめぐる断想をつづったふしぎな味わいのエッセイ集。 「断想」とは言え、さすが長年プロの物書きをやってきたひとの仕事はちがう。 すっと芯の通った長短さまざまな文章を愉しみながらゆるゆると読んでいるうち、さまざまな角度からチェーホフの人となりが浮かび上がって、1冊読み終えるころには、読者の胸のうちに、それぞれの「チェーホフ」がきちんと映像を結ぶようなつくりになっている。 じっくり煮つめて書かれているのに、それでいて、読後感がちっとも重くない。 「小説家の力量は長編小説にあらわれる」とよく言われる。 けれど、この本でグルニエが書いている通り、ごく短い文章をたたみかけるように積み重ね、ある瞬間にはっとさせるという手法が、文学の世界には確かにあると思う。 そしてその伝統に力強い一点を打ったのが、たぶん、チェーホフという人なのだ。 夢中になって戯曲を読み漁った高校時代、チェーホフには心底惚れていたはずなのに、わたしは、わたしのチェーホフの「感じ」をすっかり忘れてしまった。 あれから10年近くも経つんだものなあ。 いい機会だから、まだ読んだことがないものもふくめて、もう一度読み返してみよう。 …などと思いながらじっくりと読みすすめていたら、フセヴォーロド・ガルシンという、若くして自死したロシアの作家(お察しの通り、あまり有名ではない)の生没年に関する誤植が鉛筆でそっと訂正され、代表作が書かれた年も書き足してあった。 図書館の、この1冊にしかない、わくわくするおまけだ。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2006.10.12 22:15:52
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