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カテゴリ:読書日記
星野道夫「Alska 風のような物語」(大判)を図書館で借り出してきて、めくっている。
写真。大きな。 草原いっぱいに広がり、同じ方向を目指すカリブーの群れ。 息をのむ。 「カリブー」という動物の名前をわたしが初めて目にしたのは「リングライズ リングセット」というSF小説の中だった。 だからずいぶん大きくなるまで、「カリブー」というのは空想上の動物だと思っていた。 星野さんの写真で、初めてその姿を目にした。 みっしり毛の生えた立派な角。 森の中に角だけが残されて、静かに苔むしている、という写真もある。 口をぽかんと開いて、呆然と見とれる。 本当にいるんだ、カリブー。 カリブーに限らず、星野さんの写真を見ると、わたしはまるでこの世に産み落とされたばかりの子供みたいに、ぽかんと口を開けて世界の「ほんとう」に見とれてしまう。 本当に川でサケを捕って食べるんだ、クマ。 本当においしいんだな、川を上ってくるサケは。だって、クマがこんなに夢中になって食べている。 本当にあたたかいんだ、シロクマの毛皮。 オオカミは本当にヤギの仔をつかまえて食べるんだ。 * エスキモーの若者に自殺が増えている、ということに触れた文章で、「僕はこの問題を語ることに少し戸惑う」と書いていることに軽いショックを受ける。 「迷う」でも「躊躇する」でもなく、「戸惑う」だ。 なんて謙虚なのだろう、この人は。 自然の前に、人間の前に、世界の前に、そっと跪いて、その目で見たものを写真に撮る。言葉にする。 ほんとうに、心の底からそれだけなのだ、星野さんは。 支配したり解釈したり上から見下ろすことに慣れきったわたしも、少しだけその純粋さに近づけた気がして、少し涙ぐむ。 星野さんは亡くなった後も、こうやって少しずつ世界をきれいにしている。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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