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テーマ:ささやかな幸せ(6742)
カテゴリ:こころもよう
きのう、思いついて数えてみたら、こちらへ引っ越してきて今日でちょうど4ヶ月になるのだった。
結婚式やら新婚旅行であちこち飛び回っていたことを差し引いても、時間が経つのはなんて早い! 4ヶ月分の手帳をめくって確かめると、毎日せっせとごはんを食べ、暮らしてきた証拠も残っている。 当初最大の懸案だった車の運転にも、そりゃあ慣れるはずだわ。 朝、ミルクティーをいれながら長田弘「本という不思議」を読んでいたら、今日では孤独が社会的に重んじられなくなり、一冊の本と付きあうだけの孤独も十分もちえないようになり、誰かと一緒にいるのが日々の時間の大勢をしめている、というようなことが書かれていた。 たしかに。 東京で会社に勤めていたときはそうだった。 読みかけの本が部屋にたくさん積み上げてあるのに、部屋でひとりになるのは何だか不安だった。 ひりひりするような孤独を味わいたくなくて、やみくもに街を歩き回ったり、人とお酒を飲んだりした。 けれどいま、美術館もライブハウスもない、くま以外に知り合いもいない、おまけに大雪の降るこの土地に越してきて、否応なしに長いひとりの時間を過ごしていたら、ちょっとしたコツさえつかめば、孤独は案外居心地がいいことに気づいた。 自分の心の中に小さなてんびんを置いて、心がひろびろと広がっていく感じがなくなっていないか、自分の足でしっかりと立つ感覚がにぶっていないか、ときどきたしかめる。 心がぎゅうっと狭くなりかけていたり、寂しさや退屈や空腹や思い通りにならないことを人のせいにしていると気づいたら、行動を起こす。 料理をしたり、車に乗って出かけたり、窓をあけて掃除をしたり、ヨーガをしたり、する。 そうするとたいてい、てんびんのつり合いがとれて、気持ちが晴れていく。 それでもどうしても気が晴れないときは、疲れて帰ってきたくまをつかまえて、アヒルのおばさんみたいにがあがあしゃべり倒し、聞いてもらう代償にいつもよりちょっと手のかかるごはんを作る。 あとは、書くこと。 2年前にしばらく続け、仕事が忙しくなってから休んでいたモーニング・ページを再開。 眠くても寒くても頭が痛くても雪かきが憂うつでも、とにかく毎朝3ページ、思いついたことをひたすら書く。 効果があることは経験上わかっていたのだけど、案の定、だいぶ前から滞っていた物語の世界が動きはじめて、少しずつ書きすすめられるようになった。 夜明け前に起きてくまに朝ごはんを作り、朝の家事を終わらせたらコーヒーか紅茶をいれて「書斎」の机の前に座るのが、習慣になりつつある。 食事のしたくを始める夕方まで、ひたすら読んだり、書いたりして過ごす。肩がこってきたらヨーガをして、ときどきお茶を淹れなおしながら。 誰かに読んでもらうことを前提に、まとまったものを書くのはとてもとてもこわいしエネルギーがいるけれど、でもこんなに楽しいことはほかにない。だからせっせと書く。 何だか、学生に戻ったようなきぶん。 それにしても、こうやってあたたかい部屋で何不自由なく暮らし、三食おいしいものを食べ、家事が終われば昼間は好きな文章を書き、こたつでも書斎でもソファでも布団の中でも台所でも、好きな場所で思うさま本を読んで過ごせるのだから、こんなにありがたいことはないよなあ。 この穏やかで平和な毎日と、今夜も森のなか?で働いているくまに感謝なのです。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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