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カテゴリ:読書日記
ル=グウィン「影との戦い ゲド戦記1」再読。 ああ、なんておもしろいんだろう! 序盤、最初の師匠オジオンが登場するあたりから、ちょっと目がうるんでしまう。 ゲドに感情移入して、というよりは、物語の世界や文章があまりにすばらしいので。 20年前、絵本やひらがなの本ばかり並んだ小学校の小さな図書室で、この本に出会ったときの興奮は忘れない。 字は小さく、漢字がいっぱい。「世界の均衡」なんて言葉はぜんぜん意味がわからなかったけど、本の中にはたしかにもうひとつの世界があって、ページをひらけばいつでもアースシーの風を感じることができた。 学校で少しくらいイヤなことがあっても、授業が終わったらゲドの世界に戻ればいい、と思えることが幸せだった。 あのころは、ゲドがつぎつぎと覚えるふしぎな魔法に夢中だった。早く元気になって、またすごい魔法をどんどん使ってほしい、と願いながら急いでページをめくった。 けれど大人になった今は、師匠オジオンの深い愛情や、親友カラスノエンドウのまっすぐな友情、挫折を経験したゲドの心の動きがぐっと胸にしみる。 「子供の本」って、体が小さい人のための本という意味じゃないんだな。 誰でも心の中に住ませている「こども」に読ませるための本、ということなのかもしれない。 * ひさしぶりに読んだのは、自分が物語を書くために向き合わなければ、と思ったから。 ゲド戦記の存在があまりに大きすぎて、いっさい影響を受けずに書くことがほとんど不可能だ、と書きながら気づいたのだ。 それならばせめて、きちんと読み直して自分のなかにとり入れてから…と思ったのだけれど、こうして見上げる頂の、なんと高いことだろう。 本当にのぼれるだろうか、と不安になる気弱なわたしを励ます言葉も、ゲド戦記にはちゃんと用意されている。 早く魔法を教えてほしい、とあせるゲドに、師匠オジオンがかける言葉だ。 「魔法が使いたいのだな。」オジオンは大股に歩を運びながら言った。「だが、そなたは井戸の水を汲みすぎた。待つのだ。生きるということは、じっと辛抱することだ。辛抱に辛抱を重ねて人は初めてものに通じることができる。ところで、ほれ、道端のあの草は何という?」 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2008.10.04 11:53:11
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