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カテゴリ:読書日記
いつも通らない道を散歩したら、さざんかが咲いていた。 中の雄しべが見えないから、まるでバラみたい。 さざんかの花びらは、バラのように1枚ずつ、はらはらと散る。 いっぽう、椿は花のかたちのまま、ぽとりと落ちる。 よく似たふたつの花の、いちばんわかりやすい見分けかたなのだそうな。 吉田篤弘「小さな男*静かな声」を読む。 百貨店につとめながら、完成することのない百科辞典の執筆にいそしみ、〈ロンリー・ハーツ読書倶楽部〉に参加する「小さな男」。 「静かな声」にひそかなファンの多いラジオのパーソナリティ、静香さん。 この物語に主人公というものがあるとすれば、そのふたり、ということになる。 と、言いきってしまってから、わたしは急に自信がなくなる。 もしかして、主人公はラジオ? あるいは静香さんが新しく受けもつことになった日曜深夜のラジオ番組「静かな声」かもしれない。 いやいや、「小さな男」と「静かな声」は、直接顔を合わせたことがないわけだから、その意味では、両方に会ったことのあるミヤトウさんが、真の主人公とも言える。 ひょっとして、自転車という可能性もある。静香さんの弟が乗り回し、「小さな男」の同僚である小島さんが人生をかけ、ついには「小さな男」自身も乗ることになる自転車こそが、この物語の隠れた主人公… なんだか脱線してきたので、ここらへんで話を戻そう。よいしょ。 「ささやかなもの」を積み上げて物語をつくることの、吉田篤弘さんは天才だ。 大好きな「それからはスープのことばかり考えて暮らした」や「つむじ風食堂の夜」のころから、その世界観は変わらない。 くすくす笑いながら読みすすめて、「目にみえないところで世界はつながっているのだなあ」と心がしんとして、それから最後に、積み上げてきたすべてが頭のなかでぴぴっと化学反応を起こし、背すじがぞくぞくする。 「小さな男*静かな声」は、これまでに読んだ吉田篤弘さんの本の中でも、いちばんと言っていいほどラストがいい。 もう一度言っておこう。 ラストがとてもいい。 (ちなみにラストの次にいいのは、「小さな男」が自転車に乗りはじめるくだり) 最後の一行を読み終え、静かに背表紙を閉じるころには、確実に心があたたまっている。 それが午後なら「紅茶でもいれて空を見ようかね」という気分になるし、夜眠る前なら「いい夢みられそうだ」と思う。 書きながら、いま、最後のほうをちょっと読み返してみた。 ああ。 やっぱりいいなあ。すごくいい。 日曜の深夜一時、ラジオをつけると「静かな声」が自転車の魅力を語りはじめる物語の世界に、わたしも暮らしたい。 * ラジオの前のみなさん、こんばんは。 「静かな声」です。 今夜の一曲めは、バート・バカラック…ではなく、B・J・トーマスの歌う「雨にぬれても」をお聴きください♪ お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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