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カテゴリ:読書日記
池澤夏樹「言葉の流星群」を読む。 手にとったのは、クラフト・エヴィング商会の装丁にひかれたから。 あの有名なシルエット――山高帽をかぶり、マントを着て、うつむき加減に歩くケンジさんの姿が、どんな言葉よりも雄弁に、この本を手にとるよう促している。 文中で著者は、宮澤賢治(この本の主人公だ)を「ケンジさん」とよぶ。 理由はこうだ。 「生活よりも才能の方が大きかった人の場合、伝記を重視すると才能が生活のサイズまで縮んでしまう」。 だから、伝記的なことにはあえて触れず、自由にケンジさんの詩を読んでいこう、「ケンジ座の流星群を仰ぎ見」よう、というのがこの本のテーマ。 大地に根ざした暮らしにあこがれ、その想像力のつばさでらくらくと星座のあいだを飛びまわり、ひとかけらの石の中に永遠を見るケンジさん。 そんなケンジさんの世界を、池澤氏はまるで優秀な山のガイドのように、先に立ってつぎつぎ案内してくれる。 必要な知識はそのつど語りきかせながら、道なき道を切りひらいて進んでゆく池澤氏の背中には、ケンジさんへの深い愛情が満ちている。 これまでわたしは、ケンジさんの詩がもつゆたかなリズムに魅了されながら、自然科学や地理の素養がないために、詩のことばの多くを理解できずにいた。 けれど池澤氏の案内を得て、ようやくその大きな森の入り口をかいま見ることができた気がしている。 * この本には、詩についての文章だけでなく、宮澤賢治の童話にかんする講演も収められている。 こちらは少しケンジさんの言葉をはなれて、池澤夏樹というひとりの作家のなかで、宮澤賢治の種がどのように発芽し、成長し、花を咲かせ実をつけたかという一連の流れを知ることができて興味ぶかい。 池澤文学の透明度の高さ、その鍵のひとつは、どうもケンジさんが握っているらしい。 宮澤賢治の言葉は、ほかの誰にも似ていない。 時代にも、権力にもおもねることがない。 強いて言えば足もとの、この地面に根をのばすことだけを志向し、そこからどこまでも想像力をとばしてゆく。 だから、古びるということがない。 時を経て大勢の人の目にふれればその分だけ、みがかれて光を増してゆく。 みずからの仕事に確信をもち、まっすぐにエネルギーを注ぎ、その行くすえをゆっくり見届けることもなく、あっという間にいってしまった流星のようなひと。 けれどケンジさんの言葉は、北極星のようにかがやいて、言葉の前にひざまずく者のひっそりした道ゆきを、今も照らしつづけてくれる気がするのだ。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2009.02.10 20:34:13
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