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カテゴリ:読書日記
アイロンをかけていたら、開けはなした窓から、秋風が吹きこんできた。 ああ、秋だなあ。 上着のしわをのばしながら、いつか枯葉を踏んで歩いた道や、むかし住んだ町の雑踏がふと心にうかぶ。 それがおかしなことに、しばらく思い出すことのなかったような景色ばかり。一度見たきり、長いこと忘れていた風景もある。 秋風はもうずいぶん前から吹いているのに、今日にかぎってめずらしいことばかり思い出すのは妙だ。 振り返ったら、スイッチを切り忘れたアロマランプが小さく点っていて、ああ、なるほど。と納得する。 今朝はひさしぶりに、ローズマリーの精油を焚いたのだ。 同じ香りをかいだときに見た景色が、記憶の箪笥の底から引っぱり出されてきたらしい。 香りと記憶は、時間も空間もかるがる飛び越えて、しっかり結びついている。 それが「記憶のハーブ」であるローズマリーの香りならなおさらのこと。 明日は同じようにしばらく使っていない、サイプレスの精油を焚いてみようか。 忘れている大切なこと、思い出せるかもしれない。 長野まゆみ「あめふらし」を読む。 「少年アリス」や「賢治先生」の無国籍ふう(あるいは宮澤賢治ふう)な印象が強い作家だったので、和の味付けにおどろく。これは嬉しい種類の裏切り。 内田百聞の世界観に近いようでもあり、現代なら川上弘美や、梨木香歩も連想させる。 幻想的で、艶めかしく、ときどきはっとするような性のにおいがする。 生と死、夢と現実、過去と現在、古今東西が入り混じる。変幻自在の怪奇譚。 時おり差し挟まれる人のやさしさや哀しみが、香り高いスパイスのようにぴりっと効いている。 耽美的、というには重さがなく、からりとしている。 叙情的、でもない。 もっと淡々と、声をもたない鉱物のようにひそやかで、押しつけがましさがない。 一歩まちがえば間口の狭い趣味の世界になってしまうところを、とてつもないセンスでうっとりするような物語にまとめあげている。 最初に色んな作家の名前を挙げておいて矛盾するようだが、この作家の魅力は、誰にも似ていない抜群の言語センスなのだろう。 言葉のひとつひとつが、鉱物のかけらを蒐集するように、念入りに吟味して配されている。 ストーリーだけじゃなく、言葉を体の中に入れることの快楽というか、そういうことが重視されているように思う。 最後まで読み終えてしまった後も、終わったことが信じられなくて、何度もページをめくっては、気に入った部分を読み返す。 どうやらすっかりファンになってしまったみたい。 さいわい、わが町の図書館は長野まゆみが充実しているから、この秋どっぷりとひたろう。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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