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カテゴリ:読書日記
隣町の美術館で、福音館書店「こどものとも」シリーズの絵本原画展をやっているというので、出かけてきた。 『ぐりとぐら』の山脇百合子さんや、『きょうはなんのひ?』の林明子さんの絵。 あ、長新太さんの『ドオン!』の原画もある。 なつかしい。というより、絵のひとつひとつ、文章の一言一句がからだにしみこんで、ほとんど自分の一部になっていることにおどろく。 自然に心が浮き立って、記憶の引き出しに眠っていた絵本の一節が、口をついて出そうになる。 「このよで いちばん すきなのは おりょうりすること たべること」(『ぐりとぐら』) 「しーらないの、しらないの、しらなきゃ かいだん 三だんめ」(『きょうはなんのひ?』) 絵本が心の栄養になるという言葉の、ほんとうの意味を知ったのは、成長とともに絵本からはなれ、時が流れて、あのころ友達だった本たちに、もう一度出会いなおしたときだったように思う。 生まれてくるちびくまにも、心の引き出しにしまっておける絵本との出会いを、できるだけたくさん、プレゼントしてやりたい。 ところで展覧会を見たあと、お土産売り場で絵本をめくっていたら、売り子のお姉さんに「予定日、いつ?」と声をかけられた。 ちびくまがいると、ふだんならすれちがうだけの人と、ちょっとした会話が発生することが多くて、外出がたのしい。 堀江敏幸「なずな」を読む。 育児をテーマにした小説らしい、というのは読む前から知っていたのだけれど、著者の洗練された文体の印象から、「堀江敏幸」と「育児」が、わたしの頭のなかで、どうしても結びつかなかった。 読みはじめて、納得。 たしかにこれは「イクメン」の物語で、同時に、ファンにはたまらない堀江流スパイスがたっぷりかかった長編小説なのでした。 主人公菱山は、郷里にほど近い伊都川市で、地方紙の記者をしている。 独身で、もちろん育児の経験もない彼が、ひょんなことから、生まれて間もない姪っ子、なずなを預かることに。 周囲の人を巻き込んで、男手ひとつで菱山の奮闘がつづく――という、あらすじにしてしまえばそれだけのストーリーなのだけれど、見事なのは、なずなを中心に人のつながりが生まれ主人公の周りの景色が変わっていく、そのディテールの描きかた。 まず、菱山の脇をかためる登場人物たちが魅力的。 料理上手で情報通、喫茶店兼居酒屋《美津保》のママ。 いい具合に力が抜けた、小児内科医のジンゴロ先生。娘で看護婦の友栄さん。 「伊都川日報」編集長の梅さんは、菱山の在宅勤務をみとめてくれている。 「なずなが来てから私の身に起きた大きな変化のひとつは、周りがそれまでとちがった顔を見せるようになったことだ。こんなに狭い範囲でしか動いていないのに、じつにたくさんの、それも知らない人に声をかけられる」 昼夜の別ない授乳とオムツ替えで寝不足になりながら、ベビーカーを押して取材に出かけるうち、菱山は、今まで気づかなかったあたらしい町の表情を発見する。 電話で連絡をとりあうことが増えたぶん、同僚たちとのコミュニケーションのかたちも変わる。 なずなが初めて涙をこぼす。笑う。寝返りをうつ。喃語が出る。 その生命力に、周りの大人たちはひきつけられ、心を動かし、一喜一憂する。 そして菱山は思うのだ。 「世界の中心は、いま、《美津保》のベビーカーで眠るなずなの中にある」 4百ページを超える長編を最後まで読みきったら、何だか勇気が出て、赤んぼうをむかえるのがすごく楽しみになった。 育児書を読むのとはちがう意味で気づかされることが多くて、妊婦さんや子育て中のかたにもおすすめです。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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