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カテゴリ:読書日記
多和田葉子『献灯使』を読む。 いつも美しい言葉の魔法で、私たちを異世界へいざなってくれる著者が、今回はどんな冒険を用意しているのか。 主人公は、「無名」という変わった名前の病弱な少年。彼の世話をするのは、曽祖父で小説家の義郎である。 曽祖父? 読み進めるうちに、だんだん状況がわかってくる。物語の舞台は、未来の日本。はっきりと示されないものの、おそらく幾度かの大地震と原発事故、気候変動によって変わり果てた世界だ。 東京23区は「長く住んでいると複合的な危険にさらされる地区」に指定され、日本政府は民営化。鎖国政策を採っており、外来語が使われることはない。インターネットも使われなくなって久しい。 子どもは病弱ですぐに死んでしまい、一方老人は「死ぬことができない」。 「敬老の日」と「こどもの日」は名前が変わって、「老人がんばれの日」と「子供に謝る日」になり、「体育の日」はからだが思うように育たない子供が悲しまないように「からだの日」になり、「勤労感謝の日」は働きたくても働けない若い人たちを傷つけないために、「生きているだけでいいよの日」になった。(56p) 「あの日」以来、この国で暮らす多くの人の心に巣食うようになった漠然とした不安が、明確な輪郭を持ってくっきりと描き出されている。 ずっしりと重みのある厳しい作品だけれど、ふしぎと苦しい気持ちにはならない。 ひとつには、著者独特の軽やかな文体。 もうひとつは、「不安」の正体を見きわめるまなざしが的確だからだ。 誤魔化さない、隠さない、なかったことにしない。 現実は決して甘くない。 それでも、暗がりにひそむものたちを見なかったことにして、得体のしれない「何か」に怯えて暮らすより、その奥にあるものを、自分の手で掴み取って目に焼き付けなさい、というメッセージを、私はこの小説から受け取った。 本のタイトルにもなっている「献灯使」は、物語の希望の象徴だ。 八方塞がりに思えるときこそ、未知の世界に自分をひらいてゆくことを心に留めて、新しい年を迎えたい。 読書日記 ブログランキングへ お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2014.12.26 22:59:31
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