ブログ冒険小説『闇を行け!』最終章
ウクライナの栄光は滅びず 自由も然り
運命は再び我等に微笑まん
朝日に散る霧の如く 敵は消え失せよう
我等が自由の土地を自らの手で治めるのだ
自由のために身も心も捧げよう
今こそコサック民族の血を示す時ぞ!
(ウクライナ国歌『ウクライナの栄光は滅びず』・訳詞より)
(主な登場人物)
・堀田海人(ほった かいと)札幌の私大の考古学教授。
・十鳥良平(とっとり りょうへい)元検察庁検事正。前職は札幌の私大法学部教授。現在、札幌の弁護士。
・榊原英子(さかきばら えいこ)海人の大学の考古学教授。海人の妻。
・役立有三(やくだつ ゆうぞう)元警視庁SAT隊員 十鳥法律事務所の弁護士。
・君 道憲(クン・ドホン)日本名は――君 道憲(きみ みちのり)
・武本 信俊(ムボン・シジュン) 君の甥 韓国38度線付近の住民
・ムボンの父 通称は「親父(アボジ)」
・ムボンの母 通称は「ママ」
(最終章)
丑の刻(午前1~3時)の丑三つ時(2時45分頃)、親父とムボンが洞窟内に戻った。
「鬼が出て来たな」十鳥が親父に言った。
「おお。そうだよ、十鳥さんよ。‶将軍様″に呪いをかけた鬼の一党だがね」親父がニヤッとして答えた。
「いやいや、これで鬼が全員出揃ったんだ」十鳥が言うと、
「女の鬼は家に2人待っているがね」親父は付け加えた。
そして親父が十鳥に訊いた。
「そろそろ、この鬼門のトンネルを爆破したら?」
十鳥は、腕時計に目をやり告げた。
「よし。鬼門を閉じる。丁度、丑三つ時、午前2時44分だ。後1分しかないからな。みんな十字架に祈ってくれ。敬虔な儀式だからな」
十鳥は、親父と共に十字架の前に額(ぬか)ずいた。それにつられるようにクン、ムボン、役立、海人も、2人に習った。
『父なる神よ。これから地獄の門を閉じます。専制と独裁で苦しむ人々を救い給え。平和な世の中を来たらせ給え。御意志に従い、我々は――神の御子・イエスキリストの名のもと、お祈りします。アーメン』そう十鳥が、祈りの言葉を十字架に唱えた。
丑三つ時。午前2時45分。
トンネルの武器庫3カ所に、親父と十鳥が仕掛けていた時限爆弾が起爆した。
トンネル内で唸る音とともに、洞窟内が少し振動し揺れた。
腕時計に目を凝らした十鳥が、皆に告げた。
「これで鬼門が閉じられた。丑三つ時ジャストだった」
「十鳥さん。無事、‶将軍様″への呪いを終えましたな」親父が言った。
「我々は、確かに呪いをかけたが、あの‶将軍様″は呪い除けに長けている。なにせ配下を呪いの盾にし、犠牲にしているのだ。配下も配下だ。食い物に満たされ、嬉々として盾になっている。教祖が世襲するカルト宗教団体のクニだからな」十鳥は、いつになく悲観的な物言いだった。
まだ夜明け前だからか、洞窟内が妙に暗かった。
一時間後、皆が親父の家のリビングのテーブル席にいた。
テーブルの上に、「ビニールに印刷されたメモ」「韓国の免許証が2人分」「腕時計6個」「タブレット」「発信器1個」が置いてある。これが工作員と仲間たちが持っていた全てだった。
十鳥がクンに言った。
「先ず、腕時計の裏ブタを外して確認してくれ。潜入予定の工作員と潜入した工作員の腕時計3個だ」
クンがナイフの先で器用にこじ開けていく。
3個の腕時計の裏蓋を開けると、中に「丸い形状のメモ」があった。
「やはりな。厚みがあったから、そう思ったのだ。それに機械式でなくデジタルだったからな」十鳥が言った。
クンが「メモ」を広げた。それは5cmの円形メモとなった。
「どれも乱数字が書かれている」
「ビニールのメモも乱数字だったな?」十鳥がクンに訊いた。
「そうです。どれも北側工作員の得意な乱数字です」クンが答えた。
「よし。ここからは榊原と海人先生の出番だ」十鳥が榊原を見て言った。
榊原が言った――
「私の勘ですが……北朝鮮に全く無縁の書物にヒントがあるのでは……洞窟の南進トンネル。そう、あの洞窟の教会と関係した書物、それは『聖書』ではないかと思いますわ」
これには皆が呆気にとられた。いくらなんでも、何で『聖書』なんだ? と。
「貴国では『聖書』は、ほぼ、どの家庭にあっても自然ですので。乱数字の暗号は、『聖書』の中に潜ましているかも。例えば、乱数字の『202・4・○○・○○・○○』。ある『聖書』のページと第何章、何節、何行目、そして上から何番目の『文字』を当てはめると指示命令分、暗号が解けるのかも。くれぐれもこれは私の直感ですよ」榊原が説明した。
「聖書はハングルでしょうか?」クンが訊いた。
「私の勘ですが、必ずしもハングルの聖書でなく、日本語版の聖書かも知れません。少なくとも英語版ではなさそうです」榊原が答えた。
「親父さん。クンさん。このことは貴国の情報院で調べれば、すぐ判読できますね」海人が言った。
ここで十鳥が身を乗り出して言った。
「私の娘は、優れた分析頭脳の持ち主なんだ。娘の勘は、宝くじより遥かに確立が高いのだ。潜入工作員の真の目的は、拉致問題を別としても、核とミサイル問題で、国交のない日本への潜入工作要員だと思われるのだ。新たに貴国に潜入する必要がない。これまで十分に貴国に潜入し、北のスパイ網は完成しているからだ」
十鳥が一息ついた。
「車、洞窟の内と外に、隔離している捕獲した奴らは、親父さんにお任せする。但し、承知されているように、我々の‶将軍様への呪い作戦″と、日本から来た我々の存在を秘匿だ。明日、我々は日本に帰る」
「十鳥さん。承知した。南進トンネルを見つけ、工作員を捕獲したが、十鳥さん等の関与は黙秘する」親父が答えた。
海人が口を挟んだ。
「あの南進トンネルを貴国と貴国の情報院が伏せてくれると助かる。理由は、あのトンネルの洞窟が、貴国で貴重な旧石器時代の遺跡ですので。本格的な発掘調査を行えば、貴国の有数な遺跡となるはずです」
「私からもお願いがあります。洞窟の教会も、貴国の歴史遺産ですわ。保存と調査をお願いしますわ」榊原が言った。
海人が話に入った。
「もしかしたら、洞窟内に隠れ部屋があるかも。あったらそこに、ムボン(武本)家の日本人祖先が遺した何かがありそうな気がしているんだ」
「先生たちよ。すべて了解したぞ」親父が声を強くした。
リビングの窓外が明るくなって来た。
「今日はハレの日だな」十鳥が呟いた。
「そうです。今日は晴れの日ですね」クンがそう言った。
皆が窓外を見た――
8月末の朝9時半。大学の研究室にいた海人に、十鳥から携帯に電話が入った。
「海人先生よ。クンさんから連絡があったよ……」
「それで?」海人が訊いた。
「……どうなったと思う?」十鳥が訊いてきた。
「十鳥さん。これから行かなければならないのです」
「私の娘と食事にか?」
「そうですよ」
「父の俺を除いての食事なんだ……」十鳥の声が小さくなっていく。
すかさず海人が十鳥に言った。
「あれ? 十鳥さんのお嬢さんから連絡することになっていますよ」
「おっ! また掛けるぞ。今娘から連絡が入ったからね」十鳥の携帯がバシっと切れた。
数十秒後、十鳥から電話が入った。
「いやあ~。食事の時でも良いが、急ぎ知らせる。洞窟内に隠し部屋があったそうだ。3個の木箱があり、武本という祖先が遺した文書類多数と白い十字架についての文書も。それと、洞窟内の発掘調査が行われた結果、旧石器遺跡の沢山の証と人骨数体分があったと。乱数字が『日本語の聖書』に当てはまったそうだ。韓国の情報院関係者からの話だと、北の独裁者、将軍様は動揺して、片っ端から粛清していると。将軍様の大本がかなり危なそうになっていると。捕獲した工作員らは、韓国情報院が厳格に隔離し取り調べ中。そうそう、クンの元同僚がスパイ工作員だった。後は食事の時、伝えたい。それにしてもだが、私の娘と婿だけあるなあ」
(了)