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が、流れようとしている。 2006年3月30日。 当時付き合っていた私の彼氏がこの世を去った日である。 今まで生きてきてこのときほどまでに、 時間を戻せるものなら戻したいと思ったことはなかったと思う。 戻って、彼の自殺を引き止めることができたのならば・・・と。 人は忘れていく生き物だし、前向きに懸命に生きていかなければ、 亡くなった彼も悲しむだろうと、 どうあがいても変えることのできぬ現実と向き合いながら、 見事に日常がブッ壊れた私の毎日は、ゆっくりと、でも確実に、流れていった。 就職活動の波、卒業するのに足りない大学の単位・・・ しかもその当時鎖骨の骨折もしており、 自由に動けず、しかもバイトも行けずお金もなくて、 バイトでカラダを動かすこと=ストレス解消法だった私は、 ものすごくストレスをためやすい状態だった。 そんな去年の今頃の、衝撃の知らせ。 生真面目で、人一倍責任感の強い彼は、 就職活動からくるストレスで、精神バランスをコントロールできなくなったのか、 自分の部屋で自ら首を吊った。30日の夕方だった。 朝メールが届いた時は何ら変わらぬ様子のように思えた。 何が起こったのか頭で把握できないままに、 お通夜、お葬式、初七日・・・ 経験したことのないような混乱は、次第に私の精神を壊してゆき、 うつ病を患った。 自分が自分でなくなり、頭の中から別の人間に操られているかのようで、 辛く、しんどく、もがき続ける毎日が始まった。 春、夏、秋、冬・・・・・ 流れ行く季節の中で、 もがき、悩み、そんな中でも人の温かみに支えられたり。 その間の様々な出来事が、私の感情思考をかき回し、 上下しながらも徐々に変化していった。 一年が経ち、ほんの少しではあるが、 彼の死とこの一年間を冷静に見つめられるようになったような、 そんな気がしている。 まだまだ、これからだなーと思う。 この先生きていく中でぶつかるたくさんの壁から、 これから幾度も死や生というテーマと出会い、乗り越え、 その時また、多くのことを考えるのだろう。 そうやって、ゆっくりゆっくり、 彼の死を見つめられるようになっていくのかもしれない。 今は、今目の前にある壁とド真剣に取っ組み合い、 ひとつひとつ計画的に乗り越えていくという、 そんな作業を日々繰り返していくだけだ。 それが幸せになれる道順なのだと今は信じている。 こんなんでいいんかなぁ。 今のうちはこれでいいと思う? あなたと会って、話したい。話が聞きたい。 生きていくって、なかなか大変で難しいことやんね。 でも、生きていくけどね。 いつか幸せになれるのならば。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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