ローリング・ストーンズのコンサート
2003年の春、つまりちょうど3年前、主人の誕生日にローリング・ストーンズ上海公演のチケットをプレゼントした。ところが折しも中国にSARSが勃発。上海公演もあえなく中止となり、せっかくの誕生日プレゼントは払い戻しとなった。今回の公演は再び主人の誕生日近くに巡ってきた。前回のリベンジ戦だ。チケットは300-3000元(日本円で5,000―50,000万円)で、中国の一般消費水準からするとかなり高く、もちろん我が家にとっても高い水準だ。いい席でなくとも音楽は十分楽しめるのだろうし、600元の席を私と主人の2人分買った。4月8日(土)夜、お手伝いさんに子供たちをお願いし、家から車で10分ほどの会場に出かけた。開演の5分前に着くと、前座バンドが演奏し、多くの観客はホールでゆっくりたむろっている。開演時間の8時には前座の熱唱も終わり、ついに大御所のお出ましかと思ったら会場が明るくなった。それから続々と客が入ってきて8千人収容する上海大舞台は埋まった。観客はというと9割方が欧米人。上海中の欧米人が集まったのかと思うほどだ。アジア人は白人男性の連れの中国人女性か、欧米国籍の英語が堪能な中国人がちらほら。ドイツ銀行提供のためか、ドイツ語を話す人も目立つ。この会場のアジア系人種の比率は、アメリカの大都会よりも低い感じだ。チケットがこの値段では中国の一般庶民には高すぎるし、それ以前に、ストーンズの全盛期にここでは「文化大革命」をやっていた。上海はその発祥地で、外国文化を徹底批判・排除していた頃なのだ。開演予定時間から30分しても、さっぱり開演の様子はない。飽きてきたお客はウェイブを始める。これが盛り上がり何度も何度もウェイブはやってくる。50元(750円)で買った双眼鏡のフォーカスを調節しながらも一緒にウェイブに参加する私たち。早く始めろ~って思っていたら、8時55分にやっとアナウンスが。”The Rolling Stones is on stage……”(ストーンズの演奏がはじまります・・・)会場は「ウォー!」という大歓声。ところがアナウンスは続く。”……in 10 or 15 minutes”(あと10~15分お待ちください) 歓声はズッコケ笑いと「ハー」というため息に変わる。忍耐のない白人は一気に会場の外に出て行ってしまった。それから間もない9時05分頃、皆が席に戻る前にいきなりコンサートは始まった。舞台後方の大画面が動き出し、そのうちにあのトレードマークのベロが。そしてミック・ジャガーが還暦すぎと思えないしなやかな体を現し、軽やかに動きまわりながら歌う。50元ながら高感度の双眼鏡は表情まではっきりとわかった。大画面に映ったメンバーには、ノーマンロックウェルが描く老人のように、しわが深く顔に刻まれているのがわかる。年齢では上海で有名なPeace Hotel に出演する老年Jazz Bandと対抗できる。どうせなら共演すればいいのにと主人は言っていた。しかし、双眼鏡に写る実物のメンバーは皆若い。30代のロッカーのようだった。とても父と同年代とは思えない。なんともびっくりしてしまった。もう一つ意外だったのはいつもクールな主人が指笛を吹きまくっていたことだ。今回の公演では新アルバムから何曲か演奏したが、他はどれも主人の知っている曲のようだった。40年以上の歴史をもつバンドだから、有名な曲はいくらでもある。コンサートで選ばれるのも必然的にヒット曲ばかりになるのだろう。主人が言うにはストーンズの魅力は、絶妙な音の組み合わせだそうだ。きれいにまとまった曲という感じではなく、一見ラフに組み合わされたような、しかし絶妙にカッコよく音が組み合わされた音楽なのだそうだ。それが、イケイケ調ボーカルのミックと、他人事のように歩き廻りながらギターを奏でるキースの、好対照なパフォーマンスにも象徴されているらしい。主人はミックの影に隠れがちなキースにむしろに釘付けとなり、10代の頃からレコードで聴いてきたあの絶妙なギターフレーズが、目の前で奏でられる場面に陶酔していた。中国公演ならではの話題は当局の検閲だ。今回公演では歌詞の好ましくないものとして、合計4曲が演目から削除された。いずれもストーンズの代表的な曲だ。Shanghai Daily紙によると、ミック・ジャガーは「外国人駐在員とそのガールフレンドのモラルが守られることになって喜ばしい」と、お客が外国人ばかりであることと併せて皮肉を言っていたらしい。しかし、これは会場に少なくなかった年配客にとって必ずしもマイナスばかりではなかったかもしれない。麻薬や性など、10代の若者にとっての関心事は、必ずしも大人にとっての関心事ではない。音楽として優れた曲も、この手の歌詞に10代の若者のように、その気になれるかというと、必ずしもそうではない。映画「がんばれベアーズ」の一場面に「14歳でもうローリング・ストーンズかい?」と大人がおどろく場面があったが、うちの娘はわれわれ以上に英語の歌詞をストレートに理解する。今となってはそのせりふの意味がよくわかる。主人は「悪い歌詞がないなら上の子も連れて行けばよかったかも」と言っていた。中国のロックコンサートにはそんな逆メリットがあることに気がついた。コンサート後、主人はしばらく余韻に浸っていた。音楽そのもののすばらしさ、自分の青春を彩った音楽に生演奏で出会えた感動はもちろん、歴史的バンドを目の当たりにして「世界遺産を訪れたような感覚」とも言っていた。今年の誕生日プレゼントは宝石よりも価値のある「転がる石」になった。喜んでもらえてよかった。