まー他国の事ゆえ大きなお世話と言えなくもありませんが、
アメリカで銃規制法案の審議開始の表決がまとまりました。
この問題の社会的な構図は穏健派の規制賛成派と
所持の自由を憲法が認めている事を楯に規制反対派との
何時果てるとも先の見えない議論が繰り返されてきました。
アメリカの特徴として銃に限らず凄まじく強力な圧力団体が存在し、
あからさまなロビー活動を繰り広げ政治に圧力を掛け続けます。
もちろん全くの合法でアメリカの偏った世論を形成していきます。
偏ったと言うのは日本人である私の感覚で、
あちらからすれば我が国の偏り方も相当なモノでしょう。
しかしながら、年間何万人と犠牲者を重ねる国とは出発点が違いますので、
彼らの言う自由とは随分と犠牲の上に成り立つ自由であり、
私などには、それほどの価値があるとは到底思えません。
今回の法改正の中身にしても所持や使用を制限する訳ではありませんで、
売買に関する個人の犯罪歴などを照会する義務を持たせるだけの話です。
一切の規制を認めない急先鋒の全米ライフル協会(NRA)は、
あらゆる手段を用いて法案を葬り去るつもりですが、
今回は一筋縄では行きそうに無いので逆ねじのような事も策していまして、
所持の義務化などと言った法案の成立なども画策しています。
今回の規制案にしても我々日本人レベルからすれば規制なのと言いたくなりますし、
法案の審議を始める段階でかなりの体力を消耗しそうな感じです。
何の関係もない人々が犠牲になってはならない(特に子供たち)
という事に反対する勢力は絶対にないのですが、
だから、有益な規制が必要なのだというのが賛成派でして、
だからといって自由を制限することは許されないと言うのが反対派です。
規制反対派の激情のような粗暴極まる発言の数々に比べて、
規制賛成派の冷静で本質を踏まえた発言は全くの正論ばかりですが、
正論が通るとは限らないのが政治に限らず人間社会の複雑怪奇なところでして、
理由の多くは振りほどけない利権がもっともらしく行動を制限します。
この事はアメリカに限りませんで我が国でも散見されます。
どうなるかは全く予断を許しませんが、良識が通用する瞬間を見たい気がします。
何時までも西部開拓時代ではあるまいにと私などは考えます。