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2010年08月14日
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カテゴリ:韓国
今朝の読売新聞の記事に、

金日成は、1971年北朝鮮を訪問したポーランドのチャウチェスクに対して、韓国の北朝鮮勢力により政情不安が起こった場合、日本が軍事介入する恐れを抱いていると伝えたとあった。

北朝鮮による日本人拉致問題が起こったのは、その時期と前後する。

当時、日本が集団自衛権の範囲をどの国までと考えていたかは、詳しく調べてみないとわからない。政治家の言うことと実際の行動とは隔たりが大きいことも加味しなければならないし。

しかし、戦後日本の軍事力は、アメリカの外圧により、制限されてきただろうし、アメリカのCOME!サイン(あくまでGOサインではない)無しに政府は自衛隊を動かすことは無いだろう。

結局、70年代に、韓国で軍事クーデターは起こらず、80年代に起こった光州事件は、民主化を求める韓国国内の闘争である。

この頃までの日本と韓国は、まだアメリカを通じてしか意思の疎通が図れない状態だったに違いない。

83年に中曽根康弘元首相の訪韓により、韓国側が40億ドルに及ぶ円借款を引き出しことが、親日へのスタートと見てもいいだろう。

金日成の妄想は、かつて、朝鮮半島が、南北からの外圧に対抗しながら、国家の形を様々に変化させてきた時代と、何一つ変わったものでは無かったのだ。

共産主義の実現という名の下に、ソ連と手を携えたこと以外は。





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最終更新日  2010年08月14日 11時57分30秒
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