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テーマ:中国・香港映画が熱い!(656)
カテゴリ:中国映画(含 香港,台湾)
チャン・ツィイー(章子怡)主演による古代中国の宮廷絵巻で、『ハムレット』の見事な翻案映画。
ワーナー・マイカル・シネマズ板橋にて鑑賞。 『女帝[エンペラー]』 評価:☆☆☆☆ 様々な映画評論では、かなり評判がよくないが、私的には結構気にいった。 ひとつは、その圧倒的な映像美。美しい。 やや無国籍風の美術といい(呉越の国の竹林は日本の禅寺のようだ)、鮮やかな色使いといい、映画でしか体験できない、大画面で一見すべき価値のある映像と思う。 当時(設定は約1100年前の五代十国時代)の匂いがしない、という批判もあるが、何もリアルに描くことのみが映画の効用ではないし、写真も映像もない当時の何をもってリアルと判断するのかは、単に評者の主観でしかない(まぁその時代を研究している歴史学者であれば別かもしれないが)。 個人的には、権力者というか人間の「欲望」を描こうとするのに、その普遍性――時代を越えたテーマ性にとって過度のリアルさは邪魔になると思っている。 もっとも宮中のシーンは、舞台の演劇を写しとっているようで、小じんまりとしてしまって、もっと宮殿の壮大さを活かした演出があってもよいとは感じた。 色彩が鮮やかと書いたが、全体的にはかなり押さえめ。ただ、ここぞというところ(皇后就任の着物など)での色調は華やかだ。 宮中での王妃・皇后の「赤」、新帝の「黒」、皇太子の「白」の対比が見事だが、私的には前半、皇太子が隠居?している呉越の場面での「緑」が大変に印象的だった。 ラストも、ある穏やかな「緑」で締め括られるので、欲望の代償としての“死”に対して、“生命の力”をイメージさせる緑の色は、監督の隠れたモチーフ色なのではないかと想像したりもする。 監督のフォン・シャオガンは、映画監督になる前は美術の仕事をしていて、とくに油絵――ヨーロッパの絵画をやっていたらしいので、それが活かされた画面作りだと思う。 それがまた、中国らしくないと不評の原因でもあろうが、アメリカやヨーロッパの市場に進出するには、そして若者受けするには(素人考えだが)悪くないのではなかろうか。 本作は、先にも書いたように『ハムレット』の翻案もので、かなら細部にまでこだわって創られているように思う。 1点、設定を大きく変更してあるのは王妃(皇后)で、皇太子ウールアンよりも4歳若く、皇帝に嫁ぐ前は皇太子と密かに想いあっていたらしいこと。 これは秀逸な変更だ。 私が『ハムレット』批判するのもおこがましいが、ハムレットがマザコンに見えてしまったり、王妃ガートルードが息子ハムレットに親子以上の男女の愛情をもっているとしか思えなかったりして、どうにも変な作品にしか捉えられなかった。 それがこの変更によって、王妃(皇后)ワンは皇太子ウールアンの想い人で、また彼女も皇太子を密かに愛していて、そこに宰相の娘で皇太子の婚約者チンニー(『ハムレット』のオフィーリア)と、そもそもの事件というか野望の発端たる新皇帝リー(同じく王弟クローディアス)が絡むという、三つ巴、四つ巴の関係になるわけだが、母子間の男女愛という特殊例が混じるものから、いわゆる男女間の愛憎と嫉妬という、より普遍的な関係性が描かれることで、原作がより身近に、一般的に、そして現代的になったと思う 。 いま何故改めて『ハムレット』なのかという疑問に対する答えは、上記の通りだ。 加えて言えば、いまの20歳代以下の世代で、原作の『ハムレット』を読むなり、演劇や映画で見ている人は、(私の周囲で尋ねた範囲でも)40歳代以上に比べて圧倒的に少ない。 評論家の方の多くは、さまざまなハムレット映画を見ているだろうから、新しい作品(それが旧作よりも劣っていると感じればなおさら)の意義を認めにくいだろうが、若い世代に、同時代・同世代の役者たちが演じる新たな作品の形で、古典を翻案して提示する意義は十分にあるだろうし、それが中国で創られるとすれば、絶大な人気を誇るチャン・ツィイーが主演というのは、極めて妥当だろう。 まぁしかし、そのチャン・ツィイー、いま一つ、皇后としての気高さを感じさせないのも事実。その点は映画としてマイナスかな。 彼女はやはりデビュー作『初恋のきた道』や、役者として新たな境地を拓いたと思う『ジャスミンの花開く』などのように、無名の庶民が似合っている女優だと思う。 皇太子を演じたダニエル・ウーも好演していたが、役者的に凄かったのは、新帝リーを演じたグォ・ヨウ。下手な役者がやると嫌みな奴にしかならないが(ほとんどのハムレット映画で描かれるクローディアスが、単に嫌な奴でしかない)、一途な愛情でもって皇后を愛する姿を、非常に魅力的に演じていて、本作を深みのある物語にしている。 そして、皇太子の婚約者を演じたジョウ・シュンが大変に可憐で絶品だった。 ちょっと残念だったのは、宰相の息子イン・シュン将軍の役。演じたホァン・シャオミンが悪い訳ではないが、皮相的な感じでしかなくて、脚本で人物像をもう少し掘り下げて描いてあれば、クライマックスの妹チンニーの踊りとそれに続く一連の場面がもっと活きたのではないだろうか。 あと映画の最後。 この映画が『ハムレット』の翻案だと考えれば、じつは五つ巴の愛憎劇だったことを示していると思う。それは、映画の所々でアップになる兜の赤い血の○○で補完される。その分、現実離れすることにはなってしまうのだが。 (原作を知らない人には不親切かも) ということで、何かと批判の多い本作だが、私としてはいろいろと見所があり、何より『ハムレット』の翻案映画としては近年の秀作として、とくに『ハムレット』を読んだことも見たこともない人たちに強くお薦めしたい。 なお、中国ではすでに、『ハムレット』の翻案映画として『ヒマラヤ王子』(原題:喜瑪拉雅王子)が存在している(私は昨年末開催の上海映画祭にて鑑賞)。 『女帝[エンペラー]』 夜宴 THE BANQUET 【製作年】2006年、中国=香港 【提供・配給】ギャガ・コミュニケーションズ 【監督】フォン・シャオガン 【アクション監督】ユエン・ウーピン 【美術・衣装】ティム・イップ 【音楽】タン・ドゥン 【出演】チャン・ツィイー(皇后ワン)、グォ・ヨウ(新帝リー)、ダニエル・ウー(皇太子ウールアン)、ジョウ・シュン(皇太子の婚約者チンニー)、宰相イン(マー・チンウー)、将軍イン・シュン(ホァン・シャオミン) ほか 公式サイト http://jotei.gyao.jp/
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