17歳心中事件の10年後
もう10年ほど前になるだろうか。わたしが救急病棟にいた頃、17歳のカップルが睡眠薬の大量服用による心中未遂で入院してきたことがあった。母親が持っていた薬を持ち出し、男の子のほうが先に多量に服用した。その後、彼女のほうが残りを飲み始めたが、途中で怖くなって救急車を呼んだということだった。救急外来で胃洗浄を施した後、意識の戻らない男の子のほうが入院。彼女は救急外来でいきさつを話せるほどハッキリしていたため一旦帰宅した。その後、彼女は彼が入院している2日間の間、学校にも行かず彼に付き添っており、彼らの両親もお互いの気持ちの強さに負けて一緒にいることを認めていた状態だった。退院の日、二人は手をつないでスタッフに頭を下げて帰っていった。スタッフもその二人の姿を微笑ましく見送った。それから10年後(おそらくそれくらいだろう)の昨日、病院の廊下で突然声をかけてきたのは あの心中事件の彼だった。大人になった彼の顔にあの頃の面影があったからすぐに思い出せたのもあったが、あの時期 忙しい病棟の中でホンワカした雰囲気を作っていた彼らのことだったから忘れようもなかった。『あのときはお世話になりました。僕を覚えていますか?』大人の顔で挨拶する彼の傍らにまだ幼稚園に行くか行かないかくらいの子供がくっついている。『もちろん覚えてるよ!…あれからどうしてたの?』子供に目をやりながらわたしが聞くと『あの3日くらい後別れちゃったんですよ』といとも普通に言うではないか。『え!?たったの3日!?…どうして? あんなに仲良かったのに…』わたしの動揺するその質問に彼は大声で笑った。『ケンカしたんですよね。電話したのに家にいなかったとかそんなことですけどね』……あまりに単純な別れ方に声もなかった。そんな簡単なものならなぜ命を絶とうと思うほどの行動を起こせる愛情があったのか。そのときは誰もが必死で誰かを愛しているのかもしれない。だが3日後なんて誰も想像できないものなのだ。そう考えると『結婚』してる彼が不思議でならない。まぁ、縁とはそういうものなのかもしれないが。彼と再会したのも何かの縁なんだろうと思い、あの心中未遂の彼女のその後を聞いてみた。『ぇ~~学校やめたみたいだからわかんナイっすよ~』やはり彼女との『縁』はなかったらしい。気にならないほどどうでもいい存在になっている彼女のことが同じオンナとして切ない。そんなもんなのか…。子供の手を取って『じゃあ…』と背中を向ける彼の後姿と10年前の二人の微笑ましかった姿が重なった。少しだけ自分が若かった頃の恋愛を思い出した瞬間だった。