達観して、認めて、自由にできるいいのにねぇ
自分の思考や感情に呑み込まれず達観していられるといいのにねぇどうしても、人は気付かず自分に「またやってしまったー、なんでできないんだろ、どうしてだろこのままではいけない、変わらなきゃ」と呟くのに呑み込まれていく呑み込まれると、自分を観察しているつもりでジャッジし続けていることに気付けない先日常連さんが彼女とやってきたその時エネルギーで反応して動く広美さんがいた常連さんは以前から「彼女と暮らすといいのに」とともちゃんに言われていたが自分の固定観念にしばられて「こうじゃないと、こうならないと、一緒には暮らせない」と自分で制限して縛って動けないでいたそんなのねぇ、好き同士で大切な存在同士ならしのごの言わずに、とっとと行動すればいい乗り越えにくい恐れ・不安・すべきがあればあるほどそのやれないと思っている事をトライするといいのだけどねぇそーそー、私が私が創っている「Universe・愛」のボトルを広美さんに手渡すと、それを持ったままダダーッと常連さんにひっついた「ははぁーん、自己愛が足りないのよねぇ」と私は言った自己愛というのは、本当に心の底からやりたいことを自分に自由にやらせてあげるということだ良い悪いやそのた言い訳は一切排除してトライしていくことだそして、広美さんはそんな感情に縛られている常連さんだとは露知らず、勝手に体が動いて、彼女を常連さんにギューギュー押し付けていたあはははは、「ごめんなさい、なんでこんなことするか自分も解からないんですーーー」と言いながらグイグイと押し付け続けていたもんねぇ人間ってほんとやっかいだよね自分に気付かないもんねぇさてさて、今日もカフェでそんな話をしていきますかねぇこうしてブログ書いている間も、別の常連さん親子がカフェでストレッチして溜めた感情を咳いては出している自分の在るがままじゃないと、知らず知らずのうちに溜めていくからねぇ