|
テーマ:懐かしのTV番組(6842)
カテゴリ:音楽
パープルタウンがニューヨークを指していること、 みんななんでわからないんだろう? えええっ?これって単にジェネレーションギャップ? いやいや、同世代の人でもわかってないし、、、。 みんな子供の頃、ザ・ベストテンとか見ていなかったのかなあ? パープルタウンと言ったら 八神純子でしょう! そう、八神純子1980年の大ヒットシングルのタイトル。 オリコン最高2位まで上がり、56.4万枚を売り上げた。 ザ・ベストテンでは二週1位を獲得している。 JALのニューヨーク直行便就航記念キャンペーンソングだったと思う。 歌詞の中に ニューヨーク 愛する気持ちを呼び覚ます都会(まち)ね ニューヨーク 紫に煙る夜明け という一節がある。 どうやらパープルタウンというのはニューヨークのことを指しているらしい。 しかしこの曲、Ray Kennedyの"You Oughta Know By Now"(邦題:ロンリー・ガイ)という曲にそっくり、、、らしい。 残念ながら私は聞いたことがないのだが、、、。 噂によると八神サイドがパクッたらしい。 最初は作曲者の欄には八神純子だけしか書かれていなかったが、 Ray Kennedyサイドから訴えられそうになって 急遽、八神純子とRay Kennedy他の共作ということになったのだそうだ。 当時、私はまだ子供だったし、洋楽もまだ自分から積極的に聞き始めてはいなかったので、 詳しい経緯は知らなかったけれども、そのような盗作疑惑は聞いたことがあった。 この盗作疑惑がたたって、その後、彼女は急速に人気を落としていった、、、 と一般には言われている。 確かに次のシングル「Mr.ブルー」を最後に彼女はシングルをオリコンTop10には送り込んでいない。 しかし、Mr.ブルー以降の彼女のシングルは明らかに曲調が変わり、 どう考えてもヒットしそうにない。 「I'm A Woman」や「恋のマジックトリック」なんて曲が当時の日本のマーケットでヒットするわけない。 (日本以外でも売れないと思うが。) 盗作疑惑がなくたって、こんなヒットポテンシャルの低い曲、売れないよ。 当時、子供のくせに生意気にもそう思っていた。(笑) まあ、盗作疑惑で彼女が精神的打撃を受けて心境の変化があり、 もうヒットすることに対する興味を失ってしまった、 もしくは、本物のアーティストとしてもっと周囲に認めてもらいたくて わざと売れ線を外して、実験的、アーティスティックな方向性を目指したとも考えられるが。 (マドンナが離婚を契機に急激にヒットポテンシャルを落とし、 アーティスティックな方向を模索していったように。 それが成功したかどうかは置いといて、、、。(笑)) さて、八神純子をご存じない読者のために、 「説明しよう!」 中島みゆき、チャゲ&飛鳥、長渕剛、世良公則&ツイスト、 クリスタルキング、あみん等々、数々の有名アーティストを生み出した YAMAHAポピュラ-・ソング・コンテスト(通称・ポプコン)に出演したのをきっかけにデビュ-。 1978年「思いでは美しすぎて」で正式にデビュー。 同年「みずいろの雨」のヒットでブレイク。 以降、「思い出のスクリーン」「ポーラー・スター」 「パープルタウン」「Mr.ブルー」と立て続けにヒットを飛ばす。 80年代半ばに活動拠点をLAに移し、アメリカ人音楽プロデューサーと結婚。 現在もLAを中心に音楽活動を続けているらしい。 名古屋の大富豪のお嬢様だったらしい。 (大富豪ってなんかすごい響き。しかも名古屋。ただものじゃなさそう、、、。) 透明感があり高温までよく伸びる声質で、 ちょっと鼻にかかった絡みつくような粘り気のある歌い方が特徴。 「女版 飛鳥涼」とでもいった感じか(?)。 ピアノを弾きながら歌い、曲の間奏で意味もなく(?)サンバホイッスルを吹く。 ホント、曲のアレンジに印象的に使われているとか全くそういうこともなく、 突然ピーッと吹く。 なぜにサンバホイッスルを吹くのかは不明。 子供の頃はそんなファンシーな名前の笛だとは知らなかったので 体育のときに先生が吹く笛だと思っていた。(笑) 「何でそんなもの首からぶら下げて、ピアノ弾きながら忙しそうに口にくわえて吹いてるんだろう?」 子供心には不思議な「おばちゃん」に見えた八神純子。 当時20歳そこそこだったらしい。 「八神」という名前もまた、何だかおどろおどろしくてちょっと怖かった。 大富豪のお嬢様はちょっと扱いにくかったのか、 ザ・ベストテンに彼女が初めて出演したとき、 黒柳徹子がものすごく気を使いながら話していたのを覚えている。 ちょっとでも機嫌を損ねるようなことを言ったら 生放送中でも怒って帰ってしまうのではないかというように。 そして初めてテレビで見る八神純子も何だかふてぶてしく見えたものだ。 きっと彼女も初めてテレビの生放送に出演するということで、緊張していたのだと思う。 その後何度もベストテンに出演し、初登場のときのとっつきにくさは薄れていった。 彼女はちょっとぽっちゃり系だったし、決してアイドル的なルックスではなかったので 結構一般人から「デブ」だの「ブス」だの言われていたようだ。 そこらへんが彼女がテレビ出演に際して構えてしまった原因であったのかもしれない。 (別に特に太っているとかブサイクだとも思えないんだけどね。) 当時、ニューミュージックと呼ばれていたいわゆるシンガーソングライターな人達は、 なぜか異常なほどテレビ出演を毛嫌いする傾向があった。 中島みゆき、松山千春、、、あれ?二人しか思いつかない、、、どっちも北海道組だ。 松山千春がTBSの粘り強い出演交渉の末に やっと初めてザ・ベストテンに中継で出演したときの テレビ画面から感じられるピリピリとした異常なテンションは 子供ながらに怖いほどだった。 松田聖子なんて新幹線がホームに停車した隙に歌って 閉まるドアの向こう側でそのまま歌いながら 新幹線に乗せられて行ってしまったこともあるくらいなのに。 仕事とはいえ、「すごいプロ根性だ」と思った。 そこまでやるか? 松山千春なんて今じゃバンバンテレビ出演して、 Hey!Hey!Hey!でダウンタウン相手に好き勝手なことを言い放題なのにね。 おっと、何だか今日は八神純子の解説で終わってしまったぞ。 というわけでサイトの名前に「パープルタウン」を使ったのです、、、、。 が、別にとりたててこの曲が好きとか思い出があるとかいうわけではないし、 どうもイマイチ気に入っていないので、またこっそり変えるかもしれません。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
[音楽] カテゴリの最新記事
|
|