カテゴリ:金銀花は夜に咲く(完結)
「私が鵲だ」 (三峰様に良く似ておられる) 鳥船の口元が綻んだ。若さゆえに貫禄はないが、育ちの良さと誇りの高さが感じられる。艶やかな黒髪はうなじで切りそろえられ、頤の細い色白の顔は、涼しげな目元にまだ少年の色を残していた。桜色の唇の結び方に生真面目な性格が垣間見られた。それも鳥船には好ましかった。そして赤い瞳がこちらを見ていた。 (極上の紅玉か、暖かき炎の如き色だ) 隣の高望も鵲に好感を持ったのを、鳥船は感じ取った。 (俺達は”盾”で最高の組になるだろう) 鳥船は確信した。 鵲が呼ばわった。 「鳥船」 「はい」 「高望」 「はい」 「若輩者ゆえ、組の長として物足りぬやも知れぬが、よろしく頼む」 鳥船が言った。 「我等も未熟者ながら、精一杯お仕えさせていただきます」 高望も頭を下げた。 「よろしくお願い致します」 鵲はほっとした顔を見せた。二人に自分を侮る気配がなかったからである。鳥船は素早くそれを読み取った。 (まだお若くていらっしゃるな) 己の心を隠すのも盾のたしなみではあるが、鵲は完璧とは言えない。鳥船は、鵲を最高の自分の作品として育てる決心をした。人生をかけての大仕事を、初めて見出した心地がした。 (我が家の悲願、この方ならきっと) 鵲がすまなそうに言った。 「お前達の部屋の用意がまだ出来ておらぬ。しばらく相部屋で我慢してもらう」 鳥船が陽気に言った。 「何、寮で慣れております。こいつとは長年の付き合い、今更の気兼ねもありません」 高望がじろりと鳥船を見た。 「気を使うだけ損な男だしな、お前は」 二人のやり取りに、鵲も思わず微笑した。二人が懇意であるのは、上に立つ者として好ましいとも思った。 「夕刻過ぎに、竹生様にご挨拶に伺う。それまでに荷物を片付けておけ」 鳥船は驚いた。高望の硬い顔にも驚きが刻まれた。鳥船は身内の高揚を抑えながら尋ねた。 「我等もですか?」 「三人揃ってだ」 二人にとって、三峰は雲の上の人であった。増してや竹生はそれ以上である。長年”盾”にいても屋敷の警備に当たっても、顔すら見た事もない者も多いのだ。 (俺達は強運だ。だが気は抜けないな、竹生様が見ておられるなら) 鳥船は心の内でつぶやいた。 部屋で荷物を解きながら、高望がからかう様に鳥船に言った。 「一目惚れか?」 「ああ、そうだ」 「やけに素直だな」 「別にお前に隠しても仕方ない。妬くなよ」 「馬鹿を言え、俺は女の方がいい」 鳥船は壁に作りつけの箪笥の引き出しの下二段を引き出した。 「ここを俺の領分にする」 鳥船はてきぱきと荷物をしまいながら言った。 「本気を出すぞ」 「珍しいな、それほどに惚れたか」 「何とでも言え」 「そうだな、俺もあの方の下でならと思った」 「そうか、お前も本気になるか」 「俺はいつだって手を抜いた事はないぞ」 「全力は出さぬくせに」 高望は時勢を見る目を備えていた。”盾”の主流ではなく傍流に身を置いた為に、全体を見る視野を持てたのである。無鉄砲に戦うだけでは、お役目をしくじる結果になる例も沢山見て来た。それ故に無骨な外見に似合わぬ慎重さをも持ち合わせていた。 「相手を倒すに十分なだけの事をしている。それと手を抜くのは別の話だ」 「理屈を言うのは、俺の担当だぞ」 「ああ、鵲様への言い訳は、お前に任せた」 「俺は鵲様に言い訳なぞしないぞ」 高望はにやりと笑った。 「お前に言い訳なぞ、させないさ」 鳥船もにやりと笑った。 「そうだと思ったよ」 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2010/06/07 07:40:34 AM
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