カテゴリ:金銀花は夜に咲く(完結)
真彦は屋敷に着いてから、一歩も自室を出ていなかった。一日の大半をソファに身を沈め、百合枝に貰った浅黄色の肌触りの良い毛布にくるまって怯えた顔をしていた。村人に自分が殺されると思い込んでいた。柚木(ゆずき)が出来る限り側にいて、真彦の気持ちを和らげようと努力していた。桐原が部屋へ食事を運んでいた。津代も真彦の為に心を砕いていた。 鵲(かささぎ)は真彦の部屋へ二人を伴っていった。柚木は先輩の盾達に敬意を表して、ソファの傍らに背筋を伸ばして立った。鵲は鳥船(とりふね)と高望(たかもち)を真彦に紹介した。 「私の部下達です。真彦様をお守りする者達ですよ」 真彦は毛布の間から目を覗かせ、二人を見た。鵲はソファに腰を下ろし、真彦を抱き起こして座らせてやった。真彦は大人しく従った。真彦は柚木に次いで鵲に信頼を寄せていた。鵲の部下の二人も、他の盾よりも若く、自分に近しい年齢の者と解り、少し警戒を解いた顔をした。 「この大男の高望は、貴方の御父上の幸彦様を身を挺した護った、火高の息子なのです」 鵲の言葉に真彦は興味を持った顔をした。 「火高は知ってる。お父さんに聞いた。お前が息子なの?」 高望は頷いた。 「父が幸彦様をお守りした様に、私も真彦様をお守り致します」 「そうか」 真彦は安堵の表情を浮かべた。鵲は鳥船を軽く手で示した。 「こちらの鳥船は軍師の家系で頭が良いのです」 柚木が言った。 「じゃあ、勉強も教えてもらえるかな。だいぶ遅れちゃったし」 鳥船は愛想良く言った。 「勿論ですとも。学校の勉強から美味しいケーキのお店まで、私に解る事なら何でも」 真彦はぽつりと言った。 「僕は、アイスクリームがいい」 「では、明日にでも買って参りましょう。ラズベリーとクリームチーズにホワイトチョコを使ったお勧めのがあるのですよ」 真彦は目を見張った。そして鳥船を見上げた。 「それ、食べたい」 「他にもお勧めのがありますよ。色々と買って参りましょう」 「みんなの分も。柚木とお前達と、津代や桐原や伴野や、他のみんな」 柚木はうれしくなった。こんな事を真彦が言うのは久しぶりだったのだ。鳥船は大げさにお辞儀をしてみせた。 「承知致しました」 真彦は満足げにソファに寄りかかり、柚木に言った。 「そろそろお茶の時間だ。津代にお茶とお菓子を貰って来てよ。みんなの分も」 真彦は鳥船と高望の顔を交互に見ながら言った。 「もっと話してよ、お前達の事」 柚木は台所へ行き、津代に真彦の伝言を伝えた。津代の顔も明るくなった。 「少しお元気になられたのですね」 「鵲さんは、やっぱり頼りになるね」 津代は微笑した。 「柚木様も、鵲様のお歳になられたら、そうおなりですよ」 「僕、頑張るよ」 台所を出て行く柚木の背中を、津代は温かい目で見送った。 「”けえき”なら、ワシも欲しいな」 不意に背後から声がして、津代は驚いて振り向いた。青い肌の青年が立っていた。青年の顔は朔也にそっくりだった。にやにやと笑いながら、その者は言った。 「やあ、津代殿にもワシの声が届くようになったか」 「貴方が、貴方様が・・・」 「干瀬(ひせ)と呼んでくれ」 干瀬は踵でくるくると回りながら言った。 「これでもっと美味い物が食えそうだ。その分、手伝いもする」 津代も佐原の”ゆりかご”の女である。立ち直りは早かった。 「では、向こうの棚からお皿を出して下さいな」 「承知」 干瀬はひょいと飛び上がると、ひと足で棚の前にたどり着き、両手に器用に重ねた皿を持ち、またひと足で戻って来た。 「これで良いかな」 「助かります、干瀬様」 「うむ、これで毎日の楽しみが増えそうだ」 干瀬はうれしそうに跳ね回って台所を一周すると、茶の支度を始めた津代の傍らに戻って来てささやいた。 「今日の夕飯は何かな?」 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2010/06/13 08:19:40 PM
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