カテゴリ:金銀花は夜に咲く(完結)
「初日から深夜までのお役目になってしまったな、済まぬ」 鵲は言った。鵲の部屋である。真彦は眠くなるまで三人が下がる事を許さなかったのだ。鳥船はソファに寛いでおり、自分の机にいる鵲に笑顔で応じた。 「鵲様のせいではありませんよ。むしろ私達は嬉しいのです」 鳥船は向かいの椅子に腰掛けている高望を見た。太い腕を組んだ高望は鳥船に頷き、鵲を見て言った。 「当主様には直々にお声掛けを頂き、これから竹生様にも御目通り、こんな栄誉はめったに御座いません」 「そう思ってくれるとは、ありがたい」 鵲は安堵した表情を見せた。 鳥船はずっと鵲の様子を観察していた。真彦達と話しながらでも、鳥船には容易な事だった。鵲の立ち居振る舞い、お役目への熱心さ、佐原の家への忠誠心。どれも申し分なかった。同時に鳥船は鵲の苦悩も感じ取った。”盾”として完璧である事、施された術への嫌悪、その二つのせめぎ合い。人当たりの良い物腰の奥に隠された、閉ざされた心の悲鳴。 (成程、これが俺達が選ばれた理由か) 高望は余計な詮索はしない。それは鳥船の役割と心得ている。高望の関心事は、鵲と共にどうすれば効率良い戦いが出来るかだ。組の長を守りつつ敵も倒す。高望は己の役割は用心棒と見なしていた。敵からも周囲からも防波堤となる。かつて父の火高が奥座敷の番人として君臨した如くに、鵲の身にも心にも悪しきものを寄せ付けない城壁となるのだと。高望は自分の考えを鳥船が承知していると思っていた。事実、鳥船は理解していた。子供の頃からの長い付き合いの二人だった。 「お茶でも入れましょうか」 鳥船が言った。鵲の私室は衝立で半分に仕切られている。組としての控えの場所と鵲の寝起きする場所と。湯を沸かす道具は寝起きする場所の方にあった。鵲が立ち上がった。 「私がやろう」 鵲がソファまで来た時、鳥船が立ち上がり鵲の両肩に手を当てて制した。 「私がやりましょう」 「しかし」 「これからは、部下の使い方も覚えていただかねば」 鳥船は肩を押して、強引に鵲をソファに座らせた。鵲は渋々従った。 部屋の一角がささやかな台所になっていた。小さな流しと戸棚と焜炉が据え付けられていた。水を入れた薬缶を火にかけると、鳥船は戸棚から急須と湯のみを取り出した。桐原が用意したのであろう、程好く使いやすい茶器類が揃えてあった。無地の焼物で高価過ぎず安物過ぎず、若い鵲に似合いの簡素ながらも清楚なものであった。 (まさに手頃とはこういう物だな。こんな心配りが出来る人物になりたいものよ) 鳥船は桐原にあらためて尊敬の念を抱いた。 桜皮の茶筒には上等の煎茶が入っていた。湯はすぐに沸いた。鳥船は道具を操りながら尋ねた。 「鵲様は、珈琲と紅茶とどちらがお好きですか?」 「紅茶かな」 「お酒は召し上がりますか?」 「普段は嗜まない。お役目に差し支えては困る」 「高望は一升酒をくらった次の日に、”異人”を二十も倒す男ですよ」 「豪快だな」 水を向けられて、高望は鳥船の方を見てわざと大げさに怒鳴った。 「二日酔いのお前の分も、倒してやっただけだろうが」 「二日酔いのふりをしていただけさ。それも策の内だ」 「随分と顔色が青かったぞ」 「お前より色白だから、そう見えただけさ」 高望は鵲を振り返って言った。 「ああいう奴ですよ、鵲様」 鵲は思わず笑った。 「覚えておこう」 自分を気楽にしようとする、二人の心遣いが伝わって来た。鵲は二人に心の内で感謝した。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2010/10/05 03:15:57 PM
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