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貴方の仮面を身に着けて

貴方の仮面を身に着けて

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2010/09/01
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三人が扉の前に立つと、扉は音もなく内側へと開いた。風の力である。

夜に支配された部屋の中へ、鵲を先頭に、鳥船、高望と続いて歩を進めた。訓練された夜目を持つ”盾”の三人だが、何物も見る事はかなわず、まとわりつく重い気配に気おされながらも、なおも奥へと進んだ。重くとも悪しきものはなく、ひたすらに荘厳で巨大な気配が三人の心を折りそうになる。それは夜そのもの、深く底知れぬ恐怖と明日への眠りと安らぎを秘めた何か。

「歓迎する、鵲の組の者達よ」
夜の底に一条の月光が差し込んだ如き声がした。清涼と夜の物憂さを漂わせた声の先に、三人は安楽椅子に座する影を見出した。その者が片手を挙げた。背後のカーテンが開かれ、月光が室内を照らし出した。半分に欠けた月であっても、真の闇に慣れた目には、真昼の太陽の如き思いがした。その者の指先の形が影となって三人の目に強烈に焼きついた。その者は指でさえも神の繊細なる技より生まれた美しさを持っていた。鵲はその場に跪いた。残りの二人もそれに従った。

「立つが良い」
三人は従った。そして目の前に居る”伝説”を見た。ゆるやかに床まで届く程に白く長い髪が、月光を跳ね返し銀粉を振り撒いている。黒衣を纏った身体はしなやかで、安楽椅子に寛ぐ姿は優雅であり、無表情でありながらあらゆる感情を含んでいるかの如き白き美貌が三人を見ていた。三人は何もかも忘れて見惚れた。見慣れているはずの鵲でさえ、無敵の美影を目前にしてはこの有様であった。
「我が甥よ、お前の部下を私に見せてくれ」
その声に我に返った鵲は、恍惚の余韻に泡立つ胸を押さえて言った。
「わたくしの組の者、鳥船と高望で御座います」
二人は鵲より一歩下がって控えていたが、いまだに初めて見る竹生の姿の呪縛から解放されてはいなかった。二人は呆然とした面持ちで竹生を見ていた。その体は細かく震えていた。これほどに圧倒的な力と存在を持つ者に出会ったのは初めてであった。獅子に睨まれた小動物の如き心境と、あってはならぬ美に出会ってしまった感動と悔恨に似た想いが、二人の中でせめぎ合い、二人の身も心も魔性に囚われたままであった。

鵲は竹生に出会った人間がどうなるか承知していた。鳥船の傍らに行くと、背中に手を当てて前へ押し出した。
「これが漣(さざなみ)の家の鳥船、軍師の家の出の者です」
鳥船は鵲の手の暖かさに自分を取り戻した。
「竹生様に御目通りがかない、恐悦至極に存じます」
何とか声は出たものの、鳥船の声は掠れていた。
(我ながら情けない)
鳥船は嘆いた。竹生はじっと鳥船を見ていた。竹生は頷いた。
「真彦様は、お前を気に入られたようだ。大したものだな」
「ありがたき御言葉」
鳥船はようやく落ち着きを取り戻した。
「鵲をどう思う?」

意外な問いかけに鳥船は虚をつかれた。
(何が知りたい?甥の器か?それとも俺の?)
安易に答えてはならない、だがこの青く深き瞳の前では小細工は通用しないと鳥船は悟っていた。
「我が生涯仕えるべき方に巡り合ったと思っております」
「成程」
竹生は興味を持った顔を見せ、少し身を前に乗り出した。それを見て鳥船は勇気を奮い起こして続けた。
「鵲様こそ最高の”盾”となるべきお方、すべての盾を率いるに相応しいと」
重ねて竹生は尋ねた。
「お前の目指すものは?」
「我らは最高の組と呼ばれるようになるでしょう」

竹生の目に青き魔性の光が宿った。竹生の唇に微かな笑みが浮かんだ。
「それだけではあるまい?お前の望みは」
青き煌きが鳥船の心の奥を貫いた。我知らず、鳥船は己の望みを口にしていた。
「私は、この戦いを終わらせたい」
一度口にした思いは一気にあふれ出た。
「我ら”盾”が空しく死んでいく、この繰り返しを断ち切りたいのです。『火消し』の下で死んでいく、我ら佐原の村人の宿命を変えたいのです。『奴等』との戦いに終止符を打ちたいのです」
言ってしまってから鳥船は青くなった。
(あまりにも大それた事を・・)
竹生の不興を買ってあまりある内容であった。
(鵲様に、ご迷惑をおかけしてしまう)

鳥船はその場に平伏した。
「過ぎた事を・・申し訳御座いません!!」





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Last updated  2010/10/05 03:17:00 PM


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