カテゴリ:金銀花は夜に咲く(完結)
「鳥船」 竹生が言った。鳥船は身体を硬くした。今この場で切り捨てられても仕方ないと覚悟した。だが次に鳥船が耳にしたのは、意外な言葉であった。 「お前が気に入った」 竹生は鵲に言った。 「立たせよ」 鵲は鳥船を助け起こした。竹生は満足気な顔で鳥船を見ていた。 「大抵の若い盾は、己の席次を気にするか、目先の事しか見ようとしない。お前のように物事を見る者が側にいるのは、鵲の為にもなるであろう」 鵲も言った。 「私も鳥船を頼りにしたいと思っております」 「鵲様・・」 鵲にふらつく身体を支えられながら、鳥船の思いは強く固まった。 (鵲様を、必ず盾の長にしてみせる) 「高望」 「はい」 高望は名前を呼ばれて緊張した。 「こちらへ来い」 高望は竹生の前に進み出た。竹生は高望をじっくりと見た。 「鵲の身も心も守り切るが己が務め、お前はそう思っているな」 高望は眉を開いた。己の考えを見抜かれた驚きで。 「仰せの通りで御座います」 「私は長の年月、お前の父と共にいた。火高の事は良く解る。お前は父に良く似ている」 父の火高は高望が物心つく前に亡くなっていた。 「私は父を覚えておりません」 「お前が覚えておらずとも、血は争えぬというやつだ」 竹生は微笑した。高望は大きく息を吐いた。そうしなければ、再び呪縛に陥ってしまう気がしたからである。 「お前は我が良き部下だった者の息子、期待しているぞ」 「ご期待に副えるよう、精進致します」 「本当に良く似ているな、その性根までも。お前の事も気に入った。お前はもっと強くなれる。お前に相応しい教師を見つけてやろう」 竹生は満足げに二人を見比べた。そして鵲に言った。 「良き部下を持ったな。末永く良き長として勤めよ」 「ありがとうございます」 鵲は竹生の様子に胸をなでおろした。 「鳥船」 「はい」 「お前には更なる知識が必要だな。書斎の使用を許可する」 竹生は立ち上がった。 「二人とも付いて来い」 訝る鵲に竹生は優しく申し渡した。 「お前は残れ。私が戻るまで、あれの側に居てやれ。私がいないと寂しがる」 鵲には誰の事を指しているか解っていた。鵲は頭を下げた。 「素晴らしい蔵書ですね」 鳥船は歓声を上げた。元は剛三の書斎だった部屋である。書棚には古今東西のあらゆる本がぎっしりと詰め込まれている。 「好きなだけ読むがいい。だが本当に必要なものは、この奥にある」 竹生は書棚のひとつに手をかけた。どういう仕掛けか扉が現れた。古びた扉であった。鳥船と高望は顔を見合わせた。竹生が扉を開けた。後について二人も奥へと進んだ。細い通路の奥に広い部屋があった。窓はない。様々な器具の並んだ机と寝台があった。一人の小柄な人物が寝台に寝そべり、黄ばんだ皮表紙の本を読んでいた。青い服を着た子供に見えた。子供はじろりと侵入者を見た。 「何しに来た」 竹生は子供に恭しく頭を下げた。 「鵲の組の者、新しくこの屋敷に住まう者です」 子供は起き上がった。 「ふーん」 二人は竹生が敬意を示している事と、子供の尊大な態度に戸惑っていた。子供はじろじろと二人を見た。子供は鳥船を指差した。 「お前、秀明(しゅうめい)に似ているな」 鳥船は驚いた。 「秀明は、私の曽祖父にあたります」 子供はにやりと笑った。 「やっぱりな、漣(さざなみ)の家の者か」 何故こんな年端のいかない子供が、曽祖父の事を知っているのか。鳥船は、あっと思った。 「もしや、マサト様?お亡くなりになったはずでは?」 「そのつもりだったんだがな、呼び戻された。おちおち死んでもいられねえんだ」 竹生を見て、マサトは再びにやりと笑った。 「俺がここにいるのは内緒だ。盾でも知ってる奴はほとんどいない。誰にも言うなよ」 マサトは寝台から降りた。そして机の上のナフキンをどけた。様々なケーキが山盛りになった皿が現れた。マサトはひとつを掴むと頬張った。 「まあ、ここには他にも住み着いている奴がいるがな」 ケーキの皿に手を伸ばしている干瀬を見ながら、マサトは言った。干瀬の姿は二人には見えない。干瀬は首をすくめたが、机の上にしゃがみこみ、両手にケーキを持ってかぶりついた。 「俺は今、策を練っている。漣の家の知識が必要だ。それにそっちのでかいの、雷(いかずち)の家の秘伝、お前が受け継いでいるんだな」 雷の家の秘伝は一子相伝、父を失った高望はかろうじて存命だった祖父にそれを教えられた。何よりも存在自体が秘中の秘、他家のみならず家の内でも知る者なき、長と嫡男だけの秘儀であった。 「秘伝の事を、何故?」 「伊達に六百年も村の守護者をやってたわけじゃない。色々と知ってるのさ」 マサトはケーキをもうひとつ取るとぱくついた。 「このクリーム、美味いな。香りがいい」 「アトリエ・エルダールのものですね。最近評判の」 マサトはじろりと鳥船を見た。 「お前、詳しいな」 鳥船は頭を下げた。 「恐れ入ります。明日、真彦様ご所望のアイスクリームを買いに行きます。マサト様にもお届け致しましょうか」 マサトの顔がぱっと明るくなった。 「そいつは楽しみだ。俺の分、忘れるなよ」 「心して」 マサトはクリームのついた指を舐めた。 「鵲を置いて来たのは、あいつに見せたくなかったからだろう?竹生」 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2010/10/05 03:19:09 PM
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