カテゴリ:白衣の盾・叫ぶ瞳(連載中)
月に一度、”盾”の制服を着る。 それがこの十年、鍬見(くわみ)が欠かした事のない習慣だった。黒の詰襟に似た制服を着用すると身も心も引き締まった。何よりも制服が着られるという事は、己が鍛錬を疎かにしていない証でもあった。妻の詩織の能力は消えてはいない。『奴等』の手から彼女を守れるのは、今は自分しかいない。その為にはいつも戦う心を忘れてはならない。仕えるべき人を裏切り、その想い人と逃亡した代償として。 嫌な気配がした。 (近い・・) 眼鏡をはずすと、鍬見は木刀を手にした。 やりあう影は3つだった。ひとつは悪鬼、後の二つは(”盾”か。まだ若いな)鍬見は木刀に仕込まれた刃を抜いた。今宵の天空に浮かぶ三日月とよく似た閃光が、悪鬼の首を刎ねた。牙をむき出した口から悲鳴が上がり、悪鬼の身体が地面に転がった。しゅうしゅうと黒い煙を上げ、折れ曲がった醜い爪が断末魔に震えていた。防戦一方だった二人の盾は、驚いて鍬見を見た。鍬見の制服が味方であると告げていた。 盾の一人が鍬見に居丈高に叫んだ。 「貴様は誰だ!」 この卓真(たくま)という盾は、見習いを終えて白神配下となったばかりであった。霧の家の出身だが、実力は今ひとつで席次も低い。その為に弱みを見せまいと、横柄な態度に出る若者だった。 鍬見は黙して二人を見ていた。今の自分が彼らにどう映っているのか、見定めたい気持ちもあった。 「よせ、卓真」 もう一人の盾が進み出て、鍬見の前に膝を付いた。 「加勢を頂きありがとうございます。同輩の無礼、平にお許しを。我らは白神様配下の者で御座います」 懐かしい名前を聞き、鍬見は思わず尋ねた。 「白神様はお元気か?」 「はい。我らでは、お側に近づく事さえ、めったには出来ませぬが」 惨劇を見まいと雲隠れした月が現れ、下界を照らし出した。若い盾達は、自分達の目の前に、壮年の美しい盾を見出した。すらりとした長身、寛いでいるようで寸分の隙もない物腰、端正な顔、理知を秘めた温厚なまなざし。膝をついた盾は確信した。 (この方は、”外”の特別なお役目についておられる、名のある盾に違いない) 「私は風の家の信夫(しのぶ)と申します」 信夫は目顔で突っ立ったままの相方を示して言った。 「あれは霧の家の者で、卓真と申します」 信夫は小声で卓真を叱責した。 「おい、失礼だぞ。お前も膝をつけ」 卓真は目を丸くして、月下に輝く鍬見の美貌を見ていた。何に驚いたのか、卓真の唇が震えている。 小声で信夫が問いただした。 「どうした、卓真」 歯の根が合わぬような、妙にとぎれとぎれの声で、卓真は言った。 「まさか・・・まさか、貴方は・・いや、貴方様は・・・・」 (つづく) お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2013/03/21 01:53:43 AM
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