カテゴリ:白衣の盾・叫ぶ瞳(連載中)
鍬見(くわみ)は奇妙な卓真(たくま)の様子が気になった。鍬見はじっと卓真の顔を見た。卓真は必死な目をして鍬見の顔を見ていた。やがて卓真が言った。 「寒露(かんろ)様、寒露様ですね?」 今度は鍬見の方が驚いた。 「いや、私は」 卓真は夢中になって叫んだ。 「いえ、そうに違いない。私は幼少の頃より、何度もお姿を拝見させていただきました!」 卓真はその場に平伏した。 「ご無礼を!ご無礼を!何卒ご容赦の程をっ!」 信夫(しのぶ)も驚いた。寒露とは村の守護者であり、先の盾の長でもあった者。歴代の盾の中でも優れて誉れ高き盾の一人であった。鍬見は静かに言った。 「私は寒露様ではない。似ているとしたら、私もまた霧の家の出、そのせいであろう」 卓真は納得しなかった。地に両手をついたまま顔だけを上げ、卓真はなおも言い募った。 「いえ、その御顔は、どう見ても寒露様でいらっしゃいます。寒露様でなければ、どなただとおっしゃるのですか?」 不意に月の届かぬ闇の中から声がした。 「俺の弟だ」 三人は同時にその方角を見た。 黒いゆるやかなシャツに黒いズボンの男が影の中から現れた。襟足で切りそろえた髪は絹糸の如く艶やかにまっすぐで、男が歩を進めるたびに顔の半分を隠した前髪がさらさらと揺れた。男は鍬見の傍らで足を止めると、親しげに鍬見の肩を抱いた。 「こいつは俺の弟だ。俺の、霧の家の寒露の、大事な弟だ」 鍬見と良く似た顔が、いたすらっぽい微笑を浮かべて卓真を見た。 「お前が間違えるのも無理はない。朝来(あさご)の息子、卓真」 卓真は激しい混乱の中にいた。目の前に崇拝する寒露がいるのだ。卓真は叫んだ。 「寒露様!お会い出来て光栄です!」 卓真は地面に額を擦り付けた。 「寒露様の弟君とは知らず、重ね重ねのご無礼、申し訳御座いません!」 信夫も慌てて共に頭を下げた。寒露は軽く笑った。 「兄弟が似ていて当たり前だ。二人とも顔をあげろ」 二人は素直に従った。 「今宵の事、他言は一切無用だ」 寒露の目が赤く光った。二人の背筋が凍りついた。今の寒露が”人でない”事を二人は思い出した。 「我らは特別なお役目の最中だ。その意味、お前達にも解るな?」 再び二人は頭を下げた。信夫が言った。 「はい、仰せの通りに」 二人が顔を上げた時には、そこに兄弟の姿はなかった。 (つづく) お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2013/03/22 10:14:31 PM
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