カテゴリ:白衣の盾・叫ぶ瞳(連載中)
診察室に入ると、鍬見(くわみ)は灯りをつけた。寒露(かんろ)は室内を見回した。 「あまり儲かっているようには見えないな」 鍬見は苦笑した。 「三人で何とか暮らしていますよ」 郊外の町の小さな医院である。ここが鍬見と詩織がささやかな生活を営んでいる場所である。元々は別の医師が開設したものであった。医師が高齢を理由に引退をした際、縁あって鍬見がゆずり受けたのである。待合室と診察室、奥が住まいになっている。住まいに続く扉が開いた。詩織が顔を覗かせた。水色のナイトガウンを羽織っている。物音に気づいて起きて来たのだ。寒露は笑いかけた。 「久しぶりだな、詩織」 「寒露さん?」 詩織は目を見張った。どこかに警戒する色がある。それを見て取って寒露は再び笑ってみせた。 「心配するな、悪い話をしに来たのではない。兄弟として尋ねて来たのだ」 「お茶でも」 「いや、いい。弟と少し話がしたいだけだ」 詩織は鍬見を見た。鍬見が頷くと詩織は笑顔を見せ、奥へと引っ込んだ。 「幸せそうだ」 「そう思いますか?」 「嗚呼、思う。最後に逢った時よりもずっと良い顔をしている」 「ありがとうございます」 「他人行儀はやめよう、堅苦しいのは嫌いだ」 寒露は寝台に腰を下ろし、自分の隣を指差した。鍬見は従った。兄弟は並んで座った。 「何故来た、と聞かないのか?」 「これから話してくれるのでしょう?」 寒露は楽しそうな顔をした。 「良かった、お前は変わってない」 「兄さんこそ」 「俺は変わらない、変われない」 ”人でない”寒露の時は止まっている。今の二人を比べれば、鍬見の方が兄に見える。妻子を得た落ち着きが鍬見を一層年上に見せていた。 「剣の腕、ますます磨きがかかったな」 「お恥ずかしい。なまくらでも、私には守らねばならぬものがある」 「謙虚だな」 寒露は寝台の上に仰向けに倒れた。 「お前はこの十年で、千体以上の悪鬼を倒している」 寒露は言った。 「俺達の仕事が楽になって、助かってるよ」 「戦えば、いずれ居場所が知られる事は解っていましたが」 「心配するなと言っただろう?俺は断罪に来たわけじゃない」 寒露は鍬見を見上げた。鍬見と目が合った。鏡の中の己と良く似ていると、互いに感じていた。寒露はいつも同じ顔が傍らにあった時の事を思っていた。双子の兄の白露(はくろ)と共に佐原の村を率いていた頃の事を。今は亡き兄を。 「お前は、本当に白露に似ている」 鍬見は戸惑った。 「腹違いの私が、ですか?」 「そうだ、同じ父を持つお前と白露が。白露はいつもお前のように静かで冷静だった」 「私は、白露様のような立派な人間ではありません」 「そんな事はない」 寒露は起き上がった。 「さて、本題に入ろう」 鍬見も身を引き締めた。 「鍬見」 「はい」 「お前の事を親父様に話した」 鍬見は驚いた。 「親父様はお前に逢いたがっている」 「しかし、私は村を追放された身です」 「親父様は、白露を失い、俺が化け物になり、心の底では悲しんでおられた。霧の家の長である手前、誰にも漏らす事はなかったが。だからもう一人息子がいると知って、大変に喜んでおられた」 「しかし」 「親父様はご病気だ。親父様も歳には勝てない、めっきりとお身体が弱くなられた」 寒露は鍬見の肩を優しく掴んだ。情のこもった手であった。 「逢ってくれないか、孫娘にも逢いたがっていたぞ」 「そんな事が、許されるのでしょうか」 「状況が変わったのだ」 (つづく) お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2013/03/24 11:15:52 PM
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