カテゴリ:白衣の盾・叫ぶ瞳(連載中)
古本屋のビルの一角にある”盾”の更衣室は広く作られていた。着替えをする為だけではなく、準備運動や互いに身体を確認する場でもあるからである。”盾”は誰もがスポーツクラブのトレーナーになれる程の知識を身につけていた。姿勢が悪ければその影響が他所に出る。筋肉のバランスが崩れれば剣の技に狂いが生じる。自分では気付かぬうちに歪みが生じ、身体の均衡を崩している。それを互いに確認しあい注意しあうのだ。病気や怪我などの我慢は美徳ではない。即刻申告して治療に専念する。勝利する為、そして生き延びる為に一番必要なのは万全の体調で戦う事、それを徹底させるのが掟のひとつであった。 寒露に逢ったその日から、卓真(たくま)の態度が一変した。今までの傲慢さは影を潜め、同僚にも謙虚な態度を取るようになり、訓練にも熱心に通うようになった。 (寒露様は、俺の事をご存知だった) その喜びが卓真を変えたのだ。 (もし信夫(しのぶ)が二人の名を名乗ったのを聞いただけなら、俺を卓真と呼んだはずだ。朝来(あさご)の息子と寒露様はおっしゃった。俺の父の名を口にされた) 卓真(たくま)は下着ひとつで準備運動を終えると、稽古着を身につけた。隣で同じように着替えていた信夫が言った。 「張りきってるな」 「馬鹿にしてるのか?」 信夫は驚いた顔をした。 「いや、していない」 信夫は実直な性格だった。無駄な嘘もお世辞も言わない。虚勢ばかり張る卓真を批難する事もなく、良き相棒として何くれとなく世話もしてくれた。卓真も気を許し、信夫には本音が言えた。 「俺は、寒露様に認められたい」 信夫は素早く周囲に気を配った。数人の同僚が、彼らと同じように着替えたり体操をしていた。信夫は小声で言った。 「その話はしない約束だ」 他言無用と言われた事に信夫は忠実であろうとしていた。 「俺は、何も怖くない」 いつもの悪い癖が出て、卓真は肩をそびやかして言った。信夫はため息をついた。 見習いを終えた盾は、まずは”外”の盾の長である白神(しらかみ)配下となる。その後に正式な配属先が決定する。先に配属が決まったのは信夫(しのぶ)だった。信夫の配属先は朱雀の会社の警備部、新人の”盾”に一番人気の部署だった。朱雀は”外”のお役目に着く者達のまとめ役である。その朱雀が社長である会社は、表向きは普通の会社だが、裏では『奴等』と戦う為の重要な拠点でもあった。中でも警備部は戦闘の最前線に立つ事も多く、精鋭が集められていた。また腕だけではなく、会社員としての仕事もある為、その方面でも有能である事も求められた。警備部への配属は、同期の中でも優秀と認められた証であった。 卓真は信夫に言った。 「俺の相棒だもんな、当たり前だ」 卓真はそんな言い方しか出来なかったが、信夫には卓真が祝福してくれているが解った。 「ありがとう」 信夫は風の家の出だけに剣術に長けていた。頭も良く周囲への気配りも出来た。卓真は当然だと思ったが、胸の底にちりちりと痛む嫉妬がないわけではなかった。 「明日から、向こうに行く」 「随分、急だな」 「少しでも早く慣れないと」 信夫の思いはすでにここにはなく、彼の心が新天地への期待で一杯なのを感じて、卓真の胸底の痛みはさっきよりも強くなった。だがその痛みを振り払うように、卓真はあえて陽気に言った。 「頑張れよ」 そして信夫の背中を乱暴に叩いた。 (つづく) お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2013/06/28 04:10:36 AM
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