Chapter 3-6
赤井の出所を目前に控え、何度か片岡から取引についての提案がなされてきた。
片岡から提示される金額は、透にとって、十分とは言い兼ねるものだった。
が、何が何でも赤井の出所までにかたをつけたがっている片岡にとっては、それが、精一杯の出し得る金額であるらしく、これ以上交渉を長引かせても、限界があるように見受けられた。
透は何とか片岡を出し抜いて、赤井と連絡が取れないかとも考えたが、看守の居る面会室で話を持ちかけるのは、どう考えても不可能と思われた。
手持ち資金のない片岡の提案は、赤井の密貿易取引の仲介に際して、金額を操作して、赤井の闇の会社から金を出させるというものだった。
「明後日、埠頭で、赤井の部下が、外国人相手に大掛かりな取り引きを行う。
売り主の一人として、取引に立ち会ってもらいたい。
取引は現金で行われる。
その一部を回す。」
「―わかった、いいだろう。」
透は片岡の提示した金額で納得した訳ではなかったが、金をせしめると同時に、取引が済んだ後、どうやって片岡を陥れるかということに関心が向けられていた。
『片岡を赤井に売ってやる―!!』
* * * * * * * * * * * * * *
『時間だ―』
透はシャワーの栓をひねった。
天井に取り付けられた真鍮のシャワーカランから勢いよく水が噴出す。
項に水を受けながら、透はきょうの段取りを頭の中で一つ一つシミュレートしてみた。
頭を上げ、目覚まし代わりに顔面に浴びる。
『片岡...、見てろよ...』
軽く手で顔をぬぐいながら、見るともなしに外を眺めた。
髪からしたたる水が頬を滑り落ちてゆく。
透は再びシャワーカランの下に立つと、肩に水しぶきを受けながら、意識を集中させていった。
バスタオルを腰に巻いて出てくると、透は洗面台の前に立った。
白い陶器のカップでシェービングフォームを泡立てる。
ブラシで丹念に鼻から下に塗りつけ、泡をぬぐうようにT字剃刀を滑らせた。
剃り終わって剃刀を軽く水洗いすると、透はじっと鏡の中をみつめた。
そこには修二の姿があった。
『兄貴...』
透は修二と同じ歳になっていた。
ワイシャツを着る。
ネクタイを結ぶ―。
最後に眼鏡をかけ、取引の場所に向かおうとしたそのとき―、
不意に携帯が着信を告げた。
「もしもし」
「おいっ!一体何やってるんた!」
「何のことだ?」
「取引はどうなった!!」
「今から行くところだ」
「しらないのかっ!!テレビを見てみろっ!!」
透はテレビを点けるとチャンネルを切り替えた。
―...とされる現物が発見されておらず、グループの一味によって持ち去られたものとみて、県警と海上保安庁が共同で捜査に当たっています。なお、警視庁ではグループの背後に外国人の...―
画面からは取引の失敗を告げるニュースが流れていた。
「どういうつもりだ!持ち逃げされたんだぞ!
聞いてんのか!おいっ!貴様っ!」
透はあの日のことを思い出した。
ダーツバーの地下のビリヤード室で、修二を待っていた夜のことを。
―『ナメやがって』
脳裏に記憶が甦る。
透はキューを突いた。
『片岡―』
球が散らばる。
『必ず捕まえてやる』
くわえ煙草のまま、場所を変え、キューを持ち直す。
『できなければ―』
次の球に狙いを定め、構える。
『オレは...』
時間だけが過ぎていった。
待っても待っても修二は来なかった。
募る焦燥感を紛らわすため、酒をあおり、徒に杯を重ね、ゲームを続けた。
『るり子にあんな辛い目をさせてまで...』
―「くそっ!」
透は携帯を力まかせに床に叩きつけた。
続く