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この頃末っ子が「ビスケット」という名前のキャラクターの仔犬の話が好きで、その本を借りに図書館へ頻繁に通う。
(この本だと自分で読んでくれるので楽なのだ) その時に見つけた、自分用の本"When The Emperor Was Divine" by Julie Otsuka を昨夜読み終えた。 本の表紙に赤い折り紙でおった鶴が目について出会ったのだが、 文章がシンプルで(わたしにはここがポイント)かつひとつ、ひとつの言葉の選択が吟味されていて 美しい、、、、この作者の他の作品もぜひ読んでみたいと思っている。 タイトルから察しがつくように、これは第二次世界大戦が背景のストーリー カリフォルニアに住む日本人が収容所に送らることになり、 おそよ3年半に渡る収容所での生活体験とその後カリフォルニアの自宅に戻ってからを 主に小学生の男の子の視点から語られる 面白いことに(たぶんそれが作者の意図でもあるのだろうけど)メインキャラクターには名前がなくて 母親はThe woman, とか、their mother、男の子はthe boy(8歳),その男の子の姉(10歳)はthe girlと称されるのみだ わたしは日本人の収容所はサクラメントのみしか知らなかったので このストーリーで出て来る収容所はユタ州だったし、 父親はニューメキシコのローズバーグという街に送られていて いろんな場所に日本人収容所があったことを知った 淡々と語られていたが 収容所から戻ってからも 目立たないように、問題を起こさないように、目をふせて身を低くして生活をすることを教えられてそれを心得て実践するあたりに 日系としてアメリカでサバイバルする術だったにせよ こうした体験をした親に育てられる子供達はその影響を多く受けて育っただろうと思われるし 作者も自分のルーツを探して この本を書く事になったのかなあと勝手に想像した 一度も働いた事のない母親、かつてはお手伝いを雇う生活をしていた母親が 贔屓にしていたデパートの売り子の仕事を「お客の迷惑になる」という理由で断られ ようやく見つけた掃除婦の仕事をして父親がいない間の生活を支える 母子たちより更に長い拘束をされて戻って来た父親は 子供達が認識できない程の変わり用で 頭髪を全て失い、歯も一本も残っておらず、フランスへ出張へ行くような仕事をして頼もしく愉快な父親が、杖をつかなければ歩けない様で サンフランシスコの駅に降り立つ その背景にあった詳細の多くはここでは語られないが ある日突然連れ去られた父親を以後3年半思い続け、慕い続け、待ち続けた子供達に 半廃人となった父親が送り返される このストーリのどの場面をとっても 強烈なイメージが湧く話だった お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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