R126 甑州 (吉永酒造場)
甑州(そしゅう)といえば今さら、言葉にして紹介するまでもなく、美味い焼酎として、名前、知れちゃってるもんね。清らかな舌触りとやさしく上品な甘さに加え、お芋の香りが静かなる余韻を与えてくれる。なによりお湯割りが美味しく飲める焼酎。 特殊酵母を使い、こしき海洋深層水で仕込む。酒屋さん、飲食店さんで説明されるこの短い一文....だけど、そこには長い時間と思いの深さが....吉永酒造場さんのある甑島は鹿児島本土から、西へ約50km。島へ渡るには船だけ。「Dr.コトー」のモデルとなった島といえば、わかりやすいかな。 今から、20年近い前のお話。鹿児島の地で日本酒を造りたいと考える人がいて、いろんな清酒蔵を勉強しに、北陸、東北と行脚していた。甑島....当時は誰一人としてその存在を知らない。どこに行っても奄美大島や種子島と一緒にされて....それで、思った。 自分の生まれ育ったあの島のすばらしさを知ってほしい。島に戻ったその人は意識を変えて、 ここは薩摩、やはり芋焼酎だ。構想を練り始めたころ、鹿児島工業技術センターで新しい酵母が生まれたというニュース。これまで、臭いと敬遠されがちだった芋焼酎とは異なる香りを得られるという。 全国の人に受け入れてもらう酒質を....蔵元さんに話を詰めて、実際に造りが可能となる。しかし、酵母の運搬は....今みたいにクール便なんてないし、まして、島への配送なんて....季節は秋。わずか、500本の焼酎のための酵母、島まで無事に運ばねばならない。相手は生き物、それも少しの環境の変化で変異してしまうかもしれない。船で島を出て、本土に1泊、翌朝、5時に宿を出発。片手に宿でこさえてもらった握り飯。酵母を受け取り、頑丈にくるんで慎重に運ぶ。温めてはいけない、揺らしてもいけない。酵母は静かに静かに眠っているのだから。 急げ! だけど、そっと....昼前までには蔵元に届けなければ....しかし、下甑にある吉永さんところへは直行便はなく、下廻りと呼ばれる経由便になる。11時、手打港で待つ方に手渡すまで、どれほど長い時間に感じられただろう。蔵元さんでは酵母投入待ちの状態、そして、その時を迎える。出来上がった焼酎は明らかにそれ以前のものとは異なる香りを醸す。なんとも香ばしい....やさしい膨らみとキレ、そして残る余韻の深さ....生まれたばかりの娘はたまらなくいとおしく、胸に迫るものがあった。 その名は甑州....故郷の名前を配したその子達は今でも、とても大切にされ、守り続けられている。全国的な芋焼酎ブームの中でも、流されることもなく、踊らされることもなく、ただ、その酒質と思いを貫き続けてきたのだ....そして、これからもその味は守り続けられていくのだろう。不便な土地の不便な蔵元さんで不自由な思いをしながら、生まれ育ってきた焼酎はまた、不自由な流通の中でも確かに飲み継がれていくのねん。本当に貴重なお話を伺えて、ウチの中の思いはより深くなる。 芋焼酎ってなんて魅力的なんだろうあらためて、また飲みたいなぁと思ったの.... 甕仙人ブルーボトルクラブクラブ思いは同じ