避難したから、素敵な偶然
智頭町に「日本の山村集落の原風景」と呼ばれる集落があると聞いて、車一台が通れるほどの細い山道をマイエスティマで登っていったわけさぁ。前日、降った雪はほとんど融けかけていたけれど、それでも、しゃりしゃりのシャーベット状で、昨シーズンから履いたままのスタッドレスは既に溝が浅くなっていたし、運転には相応の慎重さが必要だった。ところが、途中で思しき離合ポイントがほとんどないことに気づき、もし、対向車が来たらどうしようか...なんてことを考えたら、やっと、少し脇が広くなってる場所が目に入り、あぁ、あそこで離合できるな、とポイントを確認する。ふと、先のカーブに目を戻せば、申し合わせたかのように一台の乗用車がやって来る。この絶妙なタイミングに安堵して、あらためて、対向車のナンバーを見ると「福島」とある。あぁ、福島ね...って納得して車を停め、...、え?福島?と思い直す。この間まで当たり前に通り過ぎてた福島ナンバーだから、山の中でその一台限りを見たところで、なんの違和感もわかないのだ。しかし、ちょっと考えてみると、ここは鳥取であると思い出す。奇妙な錯覚に囚われた一瞬が可笑しかった。ともあれ、ゆっくりと近づく対向車に呼応するようにウィンドウを下げると向こうも同じように運転席の窓が開いた。よりにもよって、こんなところで唯一すれ違う車が福島ナンバー?あたしがそうであったように向こうも多分同じことを感じたと思う。年配の男女4人、聞けば、京都に避難しているご夫婦ということであった。板井原集落を見にこの山道を進んでみたもののノーマルの2駆ではおっかなくて、途中でUターンして来たのだという。とても、素敵な錯覚にぼぉっとしながら、道中、気をつけてとお互い言葉を交わし、通り過ぎた。その後、集落の写真を携帯に納め、次なる目的地、石谷家のお屋敷に向かう。3000坪の敷地に10年かけて建てられた近代和風建築物...その門前を車で通過しながら、もしかして...の予感。取りも直さず、さっきすれ違った乗用車のことである。そうして、その予感通りに駐車場には福島ナンバーの車がいるではないか。素敵な偶然はこの後、お屋敷に向かう小路で再び起きる。今、話してたんですよ、と、うちのひとりが口火を切るともう、後は和やかにお互いの近況を語り合う。この偶然を喜んでいたのは私だけではないのだと実感することしきり。やがて、せっかくだから、連絡先をとの空気感。しかし、誰もペンも紙も持ち合わせておらず、皆でおたおたするうちに、そういえば、と名刺を作ってあったことを思い出した。3月の引越し予定を告げながら、電話は変わらないのでと言葉を添えて差し出す。はなはだ一方向的で、この先連絡が来るかどうかまではわからないが、それでも、この奇妙で素敵な偶然を私は大切に覚えていたいと思っている。