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テーマ:ラテンだよ!全員集合!(251)
カテゴリ:ドミニカ共和国
今日いつもの通りCARRO 乗り合いタクシーでお出かけ。
で、そのCARRO 、 AVENTURAのCDをがんがんにかけていた。なんだか、午後の日が沈みかけたひと時。AVENTURA聴きながらサントドミンゴの風景を眺めていたら・・・。 危うく泣きかけた。いかん、いかん。 家に帰ってからDAJABONの写真を整理していました。 ここDAJABONは約50年前に日本人の集団移住が行われた地です。 1年以上前に仕事がらみということでDAJABONに呼んでいただいたのですが、 その時のエピソードを思い出し、またうるうるしていました。 別のHP上で写真つきで公開しているのですが、こちらにも文章だけ一部転記しておきます。 ドミニカ共和国への日本人移住の歴史は本当に苦難の歴史であったと思う。カリブの楽園と思ってきてみたら塩が吹き出るような土地を与えられ、農業もまともにできないような環境で想像を絶する苦労をされてきた人たち。 DAJABONはその移住の歴史上重要な場所である。 中略 これは移住記念碑です。 小さくて文字が読めないかもしれないけど、私はDAJABONでこれを読んだとき、本当に感銘を受けました。 「未来を開く子孫よ 我らが老骨を礎となし 誇りある日本民族の血を以って限りなき発展を図り 君らが母国 ドミニカ共和国の繁栄に寄与されんことを願う」 DAJABONにある日本人墓地です。 このとき、自分達の祖母がこの墓地に眠っているという日系ドミニカ人3名と一緒にいました。 彼らは首都サントドミンゴに住んでいて、しかもその彼らのおばあさんは彼らが生まれるずっと以前に亡くなっていたのであったことがなかったそうです。 でも、だからこそ、一度DAJABONに来てどうしてもおばあさんに会ってみたかった・・と言っていました 先日も友人のブログにとてもいい話が書いてあって、こちらがもらい泣き。 そう、私、ものすごい涙腺がゆるいのです。もともと。 そして、あと一ヶ月半でドミニカを去る今。「もうすぐここを去る・・」なんて考え出すと、もう・・・ダメ。喜怒哀楽がはっきりしているんですよ、私。 ドミニカ共和国からいなくなる前にVALLE DE CIBAOの小さな村々を訪れようと思っていたのだけど、サントドミンゴで既に半泣きなのに、VALLE DE CIBAOなんか行ったら・・・号泣だな。確実に。 メキシコを去るときも、空港に行く前から泣き始め、空港で号泣。飛行機に乗っても号泣。日本についてもまだ収まらず、メキシコに電話して再び号泣・・・だった私。ちなみにメキシコには「また戻ってくる」というのがあって、このざまです。ドミニカ共和国には基本的に長期滞在で戻ってくる予定はないので、最後の日は・・・どうなることやら。 私は引越ししまくり人生なので、こういうのはしょっちゅうなのです。 引越しても、すぐどこにでもなじむので、楽しい反面去るときがつらいのですよね。でも、おかげで「第二の故郷」と呼べるところがたくさんできました。 「ここはあなたのうちなんだから、いつでも戻ってきなさい」・・そういってくれる人が自分の家族以外にいると言うのはうれしいものだし、どこにいてもさみしくないものです。 そういってくれる人がドミニカ共和国にもできて、本当によかった。 よろしければ、本日も「ぽちっ」とお願いします。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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