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カテゴリ:わたしのこと・つぶやき
人間は忘れる生き物。
だからこそ、人生を生きていけるのだと思っている、私。 今までに起こったすべてのことを、その時の感情までまざまざと覚えていたら・・ もう、罰としか思えないです(T_T) そして・・ 未だに娘は、小学生の時に私に理不尽に怒られたことや騙されたことを覚えていて たま~に、ちくちくと言います。 ごめんよ~。 あのときの母さんを許しておくれよ~。 もう、かんべんしておくれよ~・・と思うと同時に それだけイヤだったんだな・・とも思います。 ごめん・・で終わらせちゃいけないな。 これは娘の「忘れない権利」だわ。 小さい娘が怒ってる。 まだ、言い足りない。 あの時、私はつらかったんだ。 あの時、私は悲しかったんだ。 あなたの気持ちは、そうだったんだ。 ごめん・・は、ぐっと呑み込んで。 そっか、そうだよなぁ・・と、ただただ聴くのみ。 そもそも、親に怒られて「ごもっとも」と想う子どもが居るのかな? それなりに「理」のある想いをうまく言葉にできず(まだ子どもだしね)。 じっと上目遣いに親をねめつけて(せめてもの理不尽アピール)。 心で「なんで怒られなきゃならないの」と親の理不尽さにうちふるえている。 そして強制される「ごめんなさい」。 幼かった娘の、あのいっぱい涙をためて、じっと私をにらんでた大きな目を思い出すたびに ああ~と、思う私です。 なんで、あんなに自分が正しいと思ってたんだろうね~。 なんで、あんな幼い子どもを屈服させようとしてたんだろうね~ 人間関係の根っこは「敬う」なのか? ひとを敬う気持ちがあれば、頭ごなしのレッテル貼りもなくなるのか? いろんな「?」・・を感じていこうと思います。 答えはもとめない。 そうしたほうがいい・・って私の中の「まりんさん」が言ってます(^o^) ↑ これは忘れないでおこう。 いや、忘れてもいっか。 もう、「ねばならぬ」はやめたのよ。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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