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カテゴリ:ない頭で考えたこと
この雑草を知っていますか?
たぶん田舎の人でなくても、ちょっとした野原のあるところでは見られる草だと思います。私が小さい頃、この草のことを「ギシギシ」と呼んでいました。たぶん田んぼのギシ(岸)にたくさん生えているからそう呼んでいたのでしょう。いまだに正式名称は知りません。 このギシギシは食べられます。私と幼馴染たちは野山を遊んでいるときに、ギシギシやツバナのやわらかい部分を取って食べていました。ギシギシは葉や実を除いて、茎の部分をかじります。ちょっと変わった酸味のあって、まるでハーブをかじっているような感じです。 先日、ドイツ人のフラウケと出かけたときにギシギシが生えていました。彼女にこの草が食べられるということを伝えると、ドイツでも子どもの頃に食べていたそうです。それも実の部分をです。懐かしいといいながら、ギシギシの実を口に運んでいました。今では日本の田舎でもこんな草を食べる子どもなんていないでしょうけど、ドイツでは別の事情で食べられなくなりました。チェルノブイリ原発事故が起きてから、大人たちが食べるのを止めたのだそうです。 チェルノブイリ原発事故は1993年4月26日に起こりました。事故後の汚染はチェルノブイリのあるウクライナではなく、風向きで北にあるベラルーシの被害が大きかったそうです。国土の30%が放射能によって汚染されました。その前年まで私は大学生で、原発事故の怖さを知りませんでした。学生時代は広島に住んでいて、時々平和公園や資料館に足を運んでいたので核の恐ろしさは知っているつもりでした。原発事故の映像を見ても、チェルノブイリ原発が建ち、中から人が運ばれてきて、実際に何が起こっているのかわからないまま見ていました。その後、報道や本などで被害の実際、放射汚染の恐ろしさを知りました。 当時、私は小学校で臨時教員をしていて3年生の担任をしていました。3学期に各クラスが原発についての授業をしなければなりませんでしたが、それはただ、原発は悪い、原発は恐ろしいという刷り込みだというふうに私は感じました。原発は事故が起こると確かに恐ろしいし、実際環境汚染の問題だってあるでしょう。しかし、私は矛盾を感じずにはいられませんでした。決して原発賛成ってわけでもないし、かといって心から強く反対をすることはできません。実際に今自分が使っているのは原子力発電所から送電されてきている電気だからです。間違っていたらごめんなさい。 ただ、チェルノブイリの事故、10年程前にフランスの海辺の町から日本に向けてプルトニウムが運ばれることに反対したフランスの若者たちの反対運動(フランスの電力のほとんどが原発であるにもかかわらず)、日本での原発事故を見るたびに、いろんな感情が交差してしまいます。 これはあるマンガで知ったのですがチェルノブイリ(chernobyl)はロシア語(ウクライナ語)で「ニガヨモギ」というのだそうです。ヨーロッパ原産のニガヨモギは、猛毒を持っているとは思えないくらい、可憐で黄色い花が咲きます。夏の終わりになると、ヨーロッパの湿帯、旧ソ連の国々に原生するとか。きっと、チェルノブイリも、秋になる頃はニガヨモギの花でいっぱいの美しい土地だったのでしょうね。 →ニガヨモギの画像 『第三の御使(みつかひ)ラッパを吹きしに燈火(ともしび)のごとく燃ゆる大なる星、天より隕(お)ちきたり、川の三分の一と水の源泉(みなもと)との上におちたり。 この星の名は苦艾(にがよもぎ)といふ。水の三分の一は苦艾(にがよもぎ)となり、水の苦くなりしに因りて多くの人、死にたり。 』 「聖ヨハネの黙示録」 これで「ニガヨモギ」という名前を知りました。 地球の環境問題についても考えさせられました。 『月の子』清水玲子 ジュニア版なので読みやすいです。 『チェルノブイリから広島へ』広河隆一 放射線被爆の恐ろしさを知りました。 『黒い雨』井伏鱒二 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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