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カテゴリ:2019 近況
1990年 7月最後の日曜日。 お茶の水駅前にかつてあった電機屋のテレビの前で、祈るような想いで立っていた。 転倒したOKI HONDAのドゥーハンが怒涛の追い上げ、とんでもないペースでトップを走るTECH21ヤマハに迫っていた。 「今年だけは・・ 今年だけは・・タイラさんを勝たせて欲しい。。」 1991年 はじめて鈴鹿8耐にやってきた。 TECH21のライトパープルは走っていなくて・・ 後継者ともいえるキリンメッツの藤原&永井組は雨にすくわれ転倒、 OKI HONDAが前年の雪辱を果たした。 ゴール後、OKI HONDAのメカの方は記念写真を撮りたいファンの為にわざわざマシンを止めてくれた。 ライバルメーカーのライトパープルな帽子を被っていたのにもかかわらず・・にだ。 時は流れたが・・相変わらずTECH21の絵を好きで描いていた。 (この2枚の絵はお絵かき掲示板で描いたモノ) 2002年 FZ400Rオーナーズクラブの初の全国集会がヤマハコミニケーションプラザで行われた。。 偶然にもコミニケーションプラザでは”WGP500 最高峰への挑戦”という企画展が開催されており、初めてみるレーシングマシンに興奮が隠せなかった。 企画展以外にも1990年YZF750最終型のTECH21カラーのマシンが展示されており、他のマシンよりも一層、光輝いていた。 (あまりにも嬉して・・寝転んで写真をとった。) 2009年 その後何度か、コミプラに足を運び、やっとのコトで1985年FZR750/TECH21を見る事が出来た。 1985 FZR750(OW74) TECH21 ケニー・ロバーツ&平忠彦のブログ記事を書く。 これを作ったのは鈴鹿8耐とTECH21の歴史をより多くの人に知って欲しいと思ったから。 ちなみにここに書かれたケニーの”ヤマハが俺を必要とするなら喜んで出るよ。”という言葉は間違いである。 後に書くブログ記事ではココは訂正してある。 1987 YZF750 (OW89) ケビン・マギー&マーチン・ウイマーのブログ記事を書く。 この年、タイラさんは確かフランスグランプリの怪我の為、走る事はなかった。 TECH21、勝つ時も劇的だった。 2010年 1990YZF750(OWB7) #21 平忠彦&エディー・ローソンのブログ記事を書く。 僕の絵はタイラさん、エディー、若井選手が多い。 タイラさんのペアライダーに怪我明けのエディーが選ばれた記事を読んだときは・・嬉しかったなぁ。。 2011年 フジミ模型さんより1985 FZR750・TECH21の発売が決定される。 この時は嬉しかったなぁ。。 これを記念して・・1985 FZR750(OW74) #21 ケニー・ロバーツ&平忠彦の記事を新たに画像を足し、ブログ記事を更新作成。 2013年鈴鹿8耐でケニーが来日、雑誌”RACERS”のイベント風景も後に書き足してある。 2014年 ”鈴鹿8耐、もっと盛り上げるにはどうしたらいいかな。。” 素人なりに・・ふと考えていたら、”伝統あるイベントなのだから、伝説のチームを復活させればいい。” 同年にヨシムラがレジェンドチームを結成して、話題を呼んだ。 この思いつき・・アリだろうと思った。 夏の太陽にライトパープル、そして黄色、白、黒・・映えるだろうと映像がくっきり頭の中に浮かんだ。 そしてなによりもレースクィーンの鮮やかな姿が浮かんだ。 きっと当時サーキットに通っていた人達がサーキットに戻ってくるだろう! そしてこれからの鈴鹿8耐を支える若い人たちにとって、過去の伝説を学ぶ良い機会になるだろう! そう思った。 その時描いたイラスト。 このイラストの下にはこう書かれてある。 (TECH21 参戦30周年 鈴鹿8耐、歴史あるレースだから、異業種巻き込んでレジェンドチーム復活!・・ってのも観てみたいですネ。) 2017年 残念ながら伝説のチームの復活はなかった。 2017鈴鹿8耐にケニーがTECH21のマシンでデモランを行った。 身近で当時のマシンの咆哮を聴けたのは良い思い出として残った。 2018年 描く途中からずっと上手く描けなくて悩み続けたOW74・平さんが完成した。 2017年、TECH21走らせる前に完成したかったなぁ。。 この絵はライディングスポーツさんの読者投稿コーナー・グラスタに掲載して頂いた。 2019年5月18日 5月だが夏の太陽が照り付けたこの日、2019・BG絶版者運動会を観に筑波に出かけた。 目的はロックロールライダース、つまり世界グランプリを観に来たのだ。 想像通り、TECH21のライトパープルは夏の太陽に溶け込んでいた。 ”あのライトパープルがサーキットに帰ってきた。 まるで春のその風のように 鮮やかにそして、しなやかに筑波の空を駆け抜けた。” まさか・・この数日後、TECH21復活がアナウンスされるとは・・ 2019年 5月22日 仕事仲間と仲間内だけの房総勝浦プチ旅行の帰りのハイエースの中、暇をもてあまし・・スマホをいじっていると・・ ヤマハ発動機レース情報様より以下の書き込みが・・ ”あの熱狂を、再びー #鈴鹿8耐 ヤマハ体制発表会を本日、メディア向けに開催。 体制発表&マシンアンベールを行います。 サプライズが待っている… ” あの熱狂を、再び? サプライズが待っている?? もしや・・ ”ライトバーブル 夏限定復活しないかな。” こうつぶやいた7分後・・ ヤマハ発動機レース情報様 ”2019 あの熱狂を再びー アンベールです! ファクトリーチームのYZF-R1は今年、発売から21周年を迎えたことに合わせ、当社のエースゼッケン「21」のオリジンであり、1985年の鈴鹿8耐に参戦した「ヤマハTECH21チーム」の復刻カラーで出場します。”
車内、寝ている仲間たちの中でひとりガッツポーズ! 2019 鈴鹿8耐 #21 YAMAHA FACTORY RACING TEAM YAMAHA YZF-R1 中須賀克行 / Alex Lowes / Michael van der Mark 中須賀選手 名のあるレジェンドチームというプレッシャーの中よくチームをまとめてくれました。 ファンデルマーク選手 怪我で完全ではなかったけど、与えられた状況の中で最善を尽くせされたと思います。 ロウズ選手 闇の中の意地の走り、記憶から消える事のない見事な走りでした。 鮮やかなTECH21のレースクィーンの皆さまを拝見した時は眩しかったですね。 炎天下の中、お疲れ様でした。 素晴らしい夏の思い出となりました。 TECH21復活の為に尽力を尽くして頂いた皆様に心から感謝致します。 有難うございました。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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